万葉集の日記

楽しく学んだことの忘備録

2017-01-01から1年間の記事一覧

204.巻三・236、237:天皇(すめらみこと)、志斐嫗(しひのおみな)に賜う御歌一首

と、志斐嫗が和へ奉る歌一首(237番歌) 天皇:持統天皇か 236番歌 訳文 「「もうたくさん」というのに聞かそうとする、志斐婆さんの無理強い語りも、ここしばらく聞かないでいると、私には悲しく思われる」 書き出し文 「いなと言えへど 強ふる志斐のが 強…

203.巻三・235:天皇、雷の岳に幸す時に、柿本朝臣人麻呂が作る歌一首

雑歌 235番歌 訳文 「わが大君は神であらせられるので、天雲を支配する雷の上に廬りしていらっしゃる」 書き出し文 「大君は 神にしませば 天雲の 雷の上に 廬らせかも」 天皇:持統天皇か文武天皇 雷の岳:明日香村の雷の岡 一句と二句:天皇を中心とする権…

202.巻二・230~234:霊亀元年、歳次乙卯の秋九月に、志貴皇子の薨ずる時に作る歌一首あわせて短歌

高円:春日の南に続く奈良市下街地の東南の地域で、白毫寺町・高円山・鹿野園町など一帯の地であり、たんに「高円」という時は、山や野にも言われる。「高円山」は、春日山の南に、地獄谷を隔てて続く山である。「大和志料」には「白毫寺ノ上方ニアリ故白毫…

201.巻二・228、229:和銅四年歳次辛亥に、河辺宮人、姫島の松原にして娘子の屍を見て悲嘆しびて作る歌二首

寧楽(なら)の宮 「寧楽(なら)の宮に天の下知らしめす天皇の代」と書かないのは、編者同時代だから 河辺宮人:物語上の人名か 姫島:淀川河口の島の名か 見て:思い見て、の意。娘子の死は、伝説であったらしい。 228番歌 訳文 「この娘子の名は千代万代…

200.巻二・223~227:鴨山五首

223番歌:柿本朝臣人麻呂、石見の国に在りて死に臨む時、自ら傷みて作る歌 224番と225番歌:柿本朝臣人麻呂が死にし時に、妻依羅(よさみ)娘子が作る歌二首 226番歌:丹比真人名は欠けたり柿本朝臣人麻呂が意(こころ)に疑(なずら)へて報ふる歌一首 227…

199.巻二・220、221、222:讃岐の狭岑(さみね)の島にして、石中の死人を見て、柿本朝臣人麻呂が作る歌一首あわせて短歌

狭岑の島:香川県塩飽諸島中の沙弥島、埋め立てで今は坂出市と陸続きとか。 石中の死人:海岸の岩石の間に横たわる死人 220番歌 訳文 「玉藻のうち靡く讃岐は国柄が立派なせいかいくら見ても飽きることがない、国つ神が畏いせいかまことに尊い。 天地・日月…

198.巻二・217、21、219:吉備津采女が死にし時に、柿本朝臣人麻呂が作る歌一首あわせて短歌

吉備津采女:吉備の国(岡山県)の津の群出身の采女、歌によれば、采女の禁制を侵して結婚し入水自殺を遂げた。 217番歌 訳文 「秋山のように美しく照り映えるおとめ、なよ竹のようにたおやかなあの子は、どのように思ってか、長かるべき命であるのに、露な…

197.巻二・213、214、215、216:或本の歌に日はく

この一組(213~216番歌)に手を加えたものが、前の210~212番歌らしい。 213~216番歌は207~209番歌の異文系統と連をなしていたという。 213番歌 訳文 「妻はずっとこの世の人だと思っていた時に、手を携えて二人して見た、まっすぐに突き立つ百枝の槻の木…

196.巻二・207~212:柿本朝臣人麻呂、妻死にし後に、泣血哀慟(きふけつあいどう)して作る歌二首あわせて短歌

今回は前回の195.の続きの210~212番歌です。 前の208番歌は、人麻呂が死んだ妻を求めて山訪ねをする歌です。 210番歌 訳文 「妻はずっとこの世の人だと思っていた時に、手に手を取って二人して見た、長く突き出た堤に立っている槻の木の、そのあちこちの枝…

195.巻二・207~212:柿本朝臣人麻呂、妻死にし後に、泣血哀慟(きふけつあいどう)して作る歌二首あわせて短歌

今回は、207~209番歌の記載で、210~212番歌は次回の記載とします。 泣血哀慟(きふけつあいどう):果てには血の涙が出るほど泣き悲しむ意 207番歌 訳文 「軽の巷はわが妻のいる里だ、だから通い通ってよくよく見たいと思うが、休みなく行ったら人目につく…

194.巻二・204、205、206:弓削皇子の薨ぜし時に、置始東人が作る歌一首あわせて短歌

弓削皇子:文武三(699)年7月21日没 置始東人:文武朝の歌人、弓削皇子に仕えた舎人か 204番歌 訳文 「あまねく天下を支配せられるわが主君、高く光り輝く天皇の皇子は、天上の御殿に神々しくも神として鎮まりいますので、そのことをばただただ恐れ畏み、昼…

193.巻二・203:但馬皇女の薨ぜし後に、穂積皇子、冬の日に雪の降るに御墓を遥望(えうぼう)し悲傷流悌してつくらす歌一首

203番歌 訳文 「降る雪よ、たんとは降ってくれるな。吉隠の猪養(いかい)の岡が寒いであろうから」 書き出し文 「降る雪は あはにな降りそ 吉隠の 猪養の岡の 寒くあらまくに」 皇女の死は和銅元(708)年6月25日だから、その年の冬か翌年の冬であろう。 皇…

192.巻二・202:或書の反歌一首

202番歌 訳文 「哭沢の神社に神酒の瓶(かめ)を据えて無事をお祈りしたが、そのかいもなく、わが君は、空高く昇って天井を治められる方となってしまわれた」 書き出し文 「哭沢の 神社(もり)に御瓶据ゑ 祈れども わが大君は 高日知らしぬ」 死をとどめよ…

191.館二・199、200、201:高市皇子尊の城上の殯宮の時に、柿本朝臣人麻呂が作る歌一首あわせて短歌

199番歌 訳文 「こころにかけて思うのも憚り多いことだ、ましてや口にかけて申すのもただ恐れ多い、明日香の真神の野原に天上の御殿を畏くもお定めになって、今は神として岩戸にお隠れ遊ばしておられるわが天皇が、お治めになる北の国美濃の真木立ち茂る不破…

190.巻二・196、197、198:明日香皇女の城上の殯宮の時に、柿本朝臣人麻呂が作る歌一首あわせて短歌

明日香皇女:天智天皇の皇女、忍壁皇子の妃。持統天皇の信頼が厚かったらしい。 城上:きのへ、奈良県北葛城郡広陵町あたりか。 196番歌 訳文 「明日香川の川上の浅瀬に飛石を並べる。 川下の浅瀬に板橋を掛ける、その飛石に生い靡いている玉藻はちぎれても…

189.巻二・194、195:柿本朝臣人麻呂、泊瀬部皇女と忍壁皇子とに献る歌一首幷せて短歌

194番歌 訳文 「飛鳥川の川上の瀬に生えている玉藻は、川下の瀬に向かって靡き触れ合っている。 その玉藻さながらに靡き寄り添うた夫(せ)の皇子が、どうしてかふくよかな柔肌を今は身に添えてやすまれることがないので、さぞや夜の床も空しく荒れすさんで…

188.巻二・171~193:皇子尊の宮の舎人等、慟傷しびて作る歌二十三首

皇子:草壁皇子 171番歌 訳文 「輝くわが日の御子が、万代かけて国土を治められるはずであった島の宮なのに、なあ」 書き出し文 「高光る 我が日の御子の 万代に 国知らさまし 島の宮はも」 172番歌 訳文 「島の宮の上の池にいる放ち鳥よ、つれなくここを見…

187.巻二・170:或本の歌一首

この歌は、次に続く舎人らの二十三首を導く歌として殯宮早々に詠まれるとともに、殯宮最終段階での歌である。 170番歌 訳文 「島の宮のまがりの池の放ち鳥も、人目を恋い慕って池にもぐろうともしないでいる」 書き出し文 「島の宮 まがりの池の 放ち鳥 人目…

186.巻二・167、168、169:日並皇子尊の殯宮の時に、柿本朝臣人麻呂が作る歌一首併せて短歌

日並皇子:皇太子草壁皇子 167番歌 訳文 「天と地とが初めて開けた時のこと、天の河原にたくさんの神々がお集りになってそれぞれ領分をお分けになった時に、天照らす日女(ひるめ)の神は天上を治められることになり、一方葦原の瑞穂の国を天と地の寄り合う…

185.巻二・165、166:大津皇子の屍を葛城の二上山に移し葬る時に、大伯皇女の哀傷(かな)しびて作らす歌二首

165番歌 訳文 「現世の人であるこの私、明日からは二上山を弟としてずっと私は見つづけよう」 書き出し文 「うつそみの 人にある我れや 明日よりは 二上山を 弟背(いろせ)と我れ見む」 166番歌 訳文 「岩のほとりに生えている馬酔木を手折りたいと思うが、…

184.巻二・163、164:大津皇子の薨ぜし後に、大伯皇女、伊勢の斎宮より京に上る時作らす歌二首

166番歌までを一群とすればよいのでしょうが、題詞に従い二首の記載としました。 ブログ番号154と155の105番歌、106番歌、107番歌~110番歌を読んでみてください。 163番歌 訳文 「荒い風の吹く神の国伊勢にいた方がむしろよかったのに、どうして大和に帰っ…

183.巻二・162:天皇の崩りましし後の八年九月九日の奉為の御斎会の夜に、夢の裏に習ひたまふ御歌一首

天武崩御八年後、持統七(693)年 奉為の御斎会:おほためのごさいえ、天皇のご冥福のために僧尼を集めて読経し供養する法会。 夢の裏に習ひたまふ:持統天皇が夢の中で詠み覚えた歌。夢は魂鎮めのための夢占いであろう。 162番歌 訳文 「明日香」の清御原の…

182.巻二・160、161:一書に日はく、天皇崩(かむあが)りましし時の太上天皇の御製歌二首

太上天皇:持統天皇、文武天皇の代の歌 160番歌 訳文「あの燃えさかる火とて取って包んで袋に入れると言うではないか。御姿を知っているものを、雲よ」 書き出し文 「燃ゆる火も 取りて包みて 袋には 入ると言はずや 面知るを雲(面智男雲)」 第五句:面智…

181.巻二・159:天皇の崩(かむあが)りましし時に、大后の作らす歌一首

天皇:天武天皇、686年9月9日崩御。大后:持統天皇 159番歌 訳文 「わが大君は、夕方になるときっとご覧になっている。明方(あけがた)になるときっとお尋ねになっている。その神岡の山の黄葉場を、今日もお尋ねになることであろうか。明日もご覧になること…

180.巻二・156、157、158:十市皇女の薨(こう)ぜし時に、高市皇子尊の作らす歌三首

明日香の清御原の宮に天の下知らしめす天皇の代・・・(天武天皇の代) 156番歌 訳文 「大三輪の神のしるしの神々しい杉、己具耳矣自得見監乍共 いたずらに眠れぬ夜が続く」 書き出し文 「みもろの 神の神(かむ)杉 己具耳矣自得見監乍共 寐(い)ねぬ夜(…

179.巻二・155:山科の御陵(みはか)より退(まか)り散(あら)くる時に額田王が作る歌一首

115番歌 訳文 「わが大君の、恐れ多い御陵を営みまつる山科の鏡の山に、夜は夜通し、昼は日はねもす、声をあげて哭きつづけているが、このまま、大宮人は散り散りに別れて行かなければならないのであろうか」 書き出し文 「やすみしし 我ご大君の 畏(かしこ…

178.巻二・154:石川夫人(ぶにん)が歌一首

154番歌 訳文 「ささ浪の御山の番人は、一体誰のために標を結(ゆ)いつづけているのか。もう君もおいでにならないのに」 書き出し文 「ささ浪の 大山守は 誰がためか 山に標結(しめゆ)ふ 君もあらなくに」 石川夫人:蘇我石川氏の出身の夫人。名未詳。 さ…

177.巻二・153:大后の御歌一首

153番歌 訳文 「近江の海を、沖辺はるかに漕ぎ来る船よ、岸辺に沿うて漕ぎくる船よ、沖の櫂(かい)やたらに撥(は)ねるな、岸の櫂もやたらに撥ねるな。わが夫(つま)の思いの籠る鳥、夫の御魂の鳥が驚いて飛び立ってしまうから」 書き出し文 「鯨魚(いさ…

176.巻二・151、152:天皇の大殯(おほあらき)の時の歌二首

151番歌 訳文 「こうなるであろうとあらかじめ知っていたなら、大君の御船が泊(は)てた港に標縄(しめなわ)を張りめぐらして、悪霊が入らないようにするのだったのに」 書き出し文 「かからむと かねて知りせば 大御船(おほみふね) 泊(は)てし泊(と…

175.巻二・150:天皇の崩りましし時に、婦人(をみなめ)が作る歌一首

姓氏いまだ詳(つばひ)らかにあらず 150番歌 訳文 「生きている身体は神の力にさからえないので、遠く去ってしまって、朝も私の嘆くあなた、遠く思慕するあなた。もし玉ででもあったら手に纏(ま)いてもち、衣だとしたら脱ぐ時もないように私の恋うるあな…