万葉集の日記

楽しく学んだことの忘備録

2017-09-01から1ヶ月間の記事一覧

190.巻二・196、197、198:明日香皇女の城上の殯宮の時に、柿本朝臣人麻呂が作る歌一首あわせて短歌

明日香皇女:天智天皇の皇女、忍壁皇子の妃。持統天皇の信頼が厚かったらしい。 城上:きのへ、奈良県北葛城郡広陵町あたりか。 196番歌 訳文 「明日香川の川上の浅瀬に飛石を並べる。 川下の浅瀬に板橋を掛ける、その飛石に生い靡いている玉藻はちぎれても…

189.巻二・194、195:柿本朝臣人麻呂、泊瀬部皇女と忍壁皇子とに献る歌一首幷せて短歌

194番歌 訳文 「飛鳥川の川上の瀬に生えている玉藻は、川下の瀬に向かって靡き触れ合っている。 その玉藻さながらに靡き寄り添うた夫(せ)の皇子が、どうしてかふくよかな柔肌を今は身に添えてやすまれることがないので、さぞや夜の床も空しく荒れすさんで…

188.巻二・171~193:皇子尊の宮の舎人等、慟傷しびて作る歌二十三首

皇子:草壁皇子 171番歌 訳文 「輝くわが日の御子が、万代かけて国土を治められるはずであった島の宮なのに、なあ」 書き出し文 「高光る 我が日の御子の 万代に 国知らさまし 島の宮はも」 172番歌 訳文 「島の宮の上の池にいる放ち鳥よ、つれなくここを見…

187.巻二・170:或本の歌一首

この歌は、次に続く舎人らの二十三首を導く歌として殯宮早々に詠まれるとともに、殯宮最終段階での歌である。 170番歌 訳文 「島の宮のまがりの池の放ち鳥も、人目を恋い慕って池にもぐろうともしないでいる」 書き出し文 「島の宮 まがりの池の 放ち鳥 人目…

186.巻二・167、168、169:日並皇子尊の殯宮の時に、柿本朝臣人麻呂が作る歌一首併せて短歌

日並皇子:皇太子草壁皇子 167番歌 訳文 「天と地とが初めて開けた時のこと、天の河原にたくさんの神々がお集りになってそれぞれ領分をお分けになった時に、天照らす日女(ひるめ)の神は天上を治められることになり、一方葦原の瑞穂の国を天と地の寄り合う…

185.巻二・165、166:大津皇子の屍を葛城の二上山に移し葬る時に、大伯皇女の哀傷(かな)しびて作らす歌二首

165番歌 訳文 「現世の人であるこの私、明日からは二上山を弟としてずっと私は見つづけよう」 書き出し文 「うつそみの 人にある我れや 明日よりは 二上山を 弟背(いろせ)と我れ見む」 166番歌 訳文 「岩のほとりに生えている馬酔木を手折りたいと思うが、…

184.巻二・163、164:大津皇子の薨ぜし後に、大伯皇女、伊勢の斎宮より京に上る時作らす歌二首

166番歌までを一群とすればよいのでしょうが、題詞に従い二首の記載としました。 ブログ番号154と155の105番歌、106番歌、107番歌~110番歌を読んでみてください。 163番歌 訳文 「荒い風の吹く神の国伊勢にいた方がむしろよかったのに、どうして大和に帰っ…

183.巻二・162:天皇の崩りましし後の八年九月九日の奉為の御斎会の夜に、夢の裏に習ひたまふ御歌一首

天武崩御八年後、持統七(693)年 奉為の御斎会:おほためのごさいえ、天皇のご冥福のために僧尼を集めて読経し供養する法会。 夢の裏に習ひたまふ:持統天皇が夢の中で詠み覚えた歌。夢は魂鎮めのための夢占いであろう。 162番歌 訳文 「明日香」の清御原の…

182.巻二・160、161:一書に日はく、天皇崩(かむあが)りましし時の太上天皇の御製歌二首

太上天皇:持統天皇、文武天皇の代の歌 160番歌 訳文「あの燃えさかる火とて取って包んで袋に入れると言うではないか。御姿を知っているものを、雲よ」 書き出し文 「燃ゆる火も 取りて包みて 袋には 入ると言はずや 面知るを雲(面智男雲)」 第五句:面智…

181.巻二・159:天皇の崩(かむあが)りましし時に、大后の作らす歌一首

天皇:天武天皇、686年9月9日崩御。大后:持統天皇 159番歌 訳文 「わが大君は、夕方になるときっとご覧になっている。明方(あけがた)になるときっとお尋ねになっている。その神岡の山の黄葉場を、今日もお尋ねになることであろうか。明日もご覧になること…

180.巻二・156、157、158:十市皇女の薨(こう)ぜし時に、高市皇子尊の作らす歌三首

明日香の清御原の宮に天の下知らしめす天皇の代・・・(天武天皇の代) 156番歌 訳文 「大三輪の神のしるしの神々しい杉、己具耳矣自得見監乍共 いたずらに眠れぬ夜が続く」 書き出し文 「みもろの 神の神(かむ)杉 己具耳矣自得見監乍共 寐(い)ねぬ夜(…

179.巻二・155:山科の御陵(みはか)より退(まか)り散(あら)くる時に額田王が作る歌一首

115番歌 訳文 「わが大君の、恐れ多い御陵を営みまつる山科の鏡の山に、夜は夜通し、昼は日はねもす、声をあげて哭きつづけているが、このまま、大宮人は散り散りに別れて行かなければならないのであろうか」 書き出し文 「やすみしし 我ご大君の 畏(かしこ…

178.巻二・154:石川夫人(ぶにん)が歌一首

154番歌 訳文 「ささ浪の御山の番人は、一体誰のために標を結(ゆ)いつづけているのか。もう君もおいでにならないのに」 書き出し文 「ささ浪の 大山守は 誰がためか 山に標結(しめゆ)ふ 君もあらなくに」 石川夫人:蘇我石川氏の出身の夫人。名未詳。 さ…

177.巻二・153:大后の御歌一首

153番歌 訳文 「近江の海を、沖辺はるかに漕ぎ来る船よ、岸辺に沿うて漕ぎくる船よ、沖の櫂(かい)やたらに撥(は)ねるな、岸の櫂もやたらに撥ねるな。わが夫(つま)の思いの籠る鳥、夫の御魂の鳥が驚いて飛び立ってしまうから」 書き出し文 「鯨魚(いさ…

176.巻二・151、152:天皇の大殯(おほあらき)の時の歌二首

151番歌 訳文 「こうなるであろうとあらかじめ知っていたなら、大君の御船が泊(は)てた港に標縄(しめなわ)を張りめぐらして、悪霊が入らないようにするのだったのに」 書き出し文 「かからむと かねて知りせば 大御船(おほみふね) 泊(は)てし泊(と…

175.巻二・150:天皇の崩りましし時に、婦人(をみなめ)が作る歌一首

姓氏いまだ詳(つばひ)らかにあらず 150番歌 訳文 「生きている身体は神の力にさからえないので、遠く去ってしまって、朝も私の嘆くあなた、遠く思慕するあなた。もし玉ででもあったら手に纏(ま)いてもち、衣だとしたら脱ぐ時もないように私の恋うるあな…

174.巻二・149:天皇の崩(かむあが)りましし後の時に倭大后(やまとのおおきさき)の作りませる御歌一首

149番歌 訳文 「故人をしのぶことも、人はやがてなくなるかもしれぬ。たとえそうであっても、私には美しい蔓(かずら)のように面影に見えつづけて、忘れられないことだ」(中西氏) 「他人(ひと)はたとえ悲しみを忘れようとも、私には大君の面影がちらつ…

173.巻二・148:一書に日はく、近江天皇の聖躰不予御病急かなりし時に、大后の奉献れる御歌一首

近江天皇(おうみのすめらみこと):宮号をもって呼ぶ表現は比較的後期の資料に多い。 148番歌 訳文 「青々と樹木の茂る木幡山のあたりを魂が行き来なさると、目にははっきり見えるのだけれども、現し身にはお逢いできないことよ」 書き下し文 「青旗(あを…

172.巻二・147:天皇聖躬不予の時に、大后の奉る御歌一首

題詞の前に「近江の大津の宮に天の知らしめす天皇の代・・・天智天皇といふ」の記載があり、たぶん155番歌までが一つの歌群かな。 天智天皇の死をめぐる歌は萬葉初出の純粋な挽歌であるが、作者のすべてが後宮の女性であるとのこと。 147番歌 訳文 「天の原…

171.巻二・146:大宝元年辛丑に、紀伊の国に幸す時に、結び松を見る歌一首

柿本朝臣人麻呂が歌集の中(うち)に出づ 146番歌 訳文 「のちに見ようと皇子が痛ましくも結んでおかれたこの松の梢を、再び見ることがあろうか」 書き出し文 「後見むと 君が結べる 岩代の 小松がうれを またも見むかも」 柿本朝臣人麻呂歌集:萬葉集編纂の…

170.巻二・145:山上臣憶良が追和の歌一首

145番歌 訳文 「皇子の御魂(みたま)は天空を飛び通いながら常にご覧になっておりましょうが、人にはそれがわからない、しかし松はちゃんと知っていることでしょう」 書き出し文 「天翔(あまがけ)り あり通(がよ)ひつつ 見らめども 人こそ知らぬ 松は知…

169.巻二・143、144:長忌寸意吉麻呂、結び松を見て哀咽(かな)しぶる歌二首

143番歌 訳文 「岩代の崖(きし)の松の枝を結んだというそのお方は立ち帰って再びこの松を見られたことだろうか」 書き出し文 「岩代の 崖(きし)の松が枝 結びけむ 人は帰りて また見けむかも」 大宝元年(701)の歌か。歌は、有馬皇子がこの松を再び見な…

168.巻二・141、142:有馬皇子、自ら傷みて松が枝を結ぶ歌二首

万葉集の最初の挽歌です。犬養 孝氏の「わたしの萬葉集 上巻」の「26 椎の葉に盛る」を主に引用します。 下の本の図説も引用しました。 「今度は有馬皇子の悲劇の歌をいたしましょう。時は斉明天皇四(658)年、11月のことです。大変複雑な事件ですから簡単…