2017-10-01から1ヶ月間の記事一覧
故郷(ふるさと)は、明日香の里 268番歌 訳文 「あなたが引越して行き古屋だけ残っている明日香の里では、しきりに千鳥の鳴く声がします。きっと妻を待ちわびて悲しく鳴いているのでしょう」 書き出し文 「我が背子が 古屋の里の 明日香には 十鳥鳴くなり …
267番歌 訳文 「このむささびは、梢を求めて木の幹を駆け登ろうとして、山の猟師に捕えられてしまったのだな」 書き出し文 「むささびは 木末(こぬれ)求むと あしひきの 山のさつ男(を)に あひにけるかも」 むささび捕獲のいきさつを聞いて作った歌。 木…
村田右富実氏の「湖西を北へ(滋賀)」を引用します(下の本です)。 「近江大津宮滅亡の何年後かわからない。柿本朝臣人麻呂はこの地を訪れた、そして、「万葉集」を代表する名歌が生まれた」 266番歌 訳文 「近江の海(琵琶湖)、夕波に浮かぶ千鳥よ、 お…
265番歌 訳文 「辛いことに雨も降ってきた。この三輪の崎の狭野のあたりは家もありはしないのに」 書き出し文 「苦しくも 降り来る雨か 三輪の崎 狭野の渡りに 家もあらなくに」 新宮市で詠まれたとされる歌。 狭野の付近に本当に建物としての家がなかったと…
犬養先生の本を引用します。 「今度も柿本人麻呂の歌です。有名な歌ですよ。 「もののふの 八十氏河(やそうぢかは)の 網代木(あじろぎ)に いさようふ波の 行方(ゆくへ)知らずも」 もののふの八十というのは、氏をいうための序詞、引き出すための言葉で…
263番歌 訳文 「馬をこれ、そんなにひどく鞭打って先を急ぐでないぞ。この志賀の風景を幾日もかけて眺めて行ける旅ではないのだから」 書き出し文 「馬ないたく 打ちてな行きそ 日(け)ならべて 見ても我が行く 志賀にあらなくに」 せめて馬上からなりと美…
261番歌 訳文 「あまねく天下を支配せられるわが君、高く天上を照らし給う日の御子、新田部皇子がいらっやる御殿に、空から降ってくる雪のように絶え間なく行き通って出仕しよう。いつまでも」 書き出し文 「やすみしし 我が大君 高照らす 日の御子 敷きいま…
257番歌 訳文 「天から降ってきたという天の香具山では、霞のかかる春になると、松を渡る風に、麓の池に波が立ち、桜の花が木陰いっぱいに咲き乱れ、池の沖の方には鴨がつがいを求めあい、岸辺ではあじ鴨の群れが騒いでいるが、宮仕えの人々が御殿から退出し…
羈旅:旅の歌の意 四首ずつ二群で構成され、内海往還の旅情を述べた歌としてのまとまりがある。 249番歌 訳文 「御津の崎に打ち寄せる波を恐れて、奥まった入江の船で風待ちしていた主君は、「さあ皆の者、奴(め)島へ」と指令を下された」 書き出し文 「御…
と、石川大夫の和ふる歌一首、また、長田王の作る歌一首 245番歌 訳文 「噂に聞いた通り、ほんとうに貴く、不可思議にも神々しくあることか、この水島は」 書き出し文 「聞きしごと まこと貴く くすしくも 神さび居るか これの水島」 246番歌 訳文 「芦北の…
と春日王が和へ奉る歌一首、さらに或本の歌一首 242番歌 訳文 「滝の上の三船の山に雲がいつもかかっているように、いつまでも生きられようなどとは、私は思ってもいない」 書き出し文 「滝の上の 三船の山に 居る雲の 常にあらむと 我が思はなくに」 持統朝…
239番歌 訳文 「あまねく天下を支配せられるわが主君、高く天上を照らし給う日の神の御子、長皇子が、馬を連ねて狩をしておられる猟路野の御猟場では、鹿は膝を折って匐うようにしてお辞儀し、鶉(うずら)はうろうろとおそばを匐いまわっているが、われわれ…
詔に応える歌:天皇の歌を作るようにとのお言葉に応じて作った歌文 武三(699)年、難波(大阪)行幸時に、その地の賑わいを讃えた歌。大阪は、当時海岸線が宮殿のある内陸部まで入りこんでいた。 238番歌 訳文 「御殿の中まで聞えてきます。網を引こうと網…
と、志斐嫗が和へ奉る歌一首(237番歌) 天皇:持統天皇か 236番歌 訳文 「「もうたくさん」というのに聞かそうとする、志斐婆さんの無理強い語りも、ここしばらく聞かないでいると、私には悲しく思われる」 書き出し文 「いなと言えへど 強ふる志斐のが 強…
雑歌 235番歌 訳文 「わが大君は神であらせられるので、天雲を支配する雷の上に廬りしていらっしゃる」 書き出し文 「大君は 神にしませば 天雲の 雷の上に 廬らせかも」 天皇:持統天皇か文武天皇 雷の岳:明日香村の雷の岡 一句と二句:天皇を中心とする権…
高円:春日の南に続く奈良市下街地の東南の地域で、白毫寺町・高円山・鹿野園町など一帯の地であり、たんに「高円」という時は、山や野にも言われる。「高円山」は、春日山の南に、地獄谷を隔てて続く山である。「大和志料」には「白毫寺ノ上方ニアリ故白毫…
寧楽(なら)の宮 「寧楽(なら)の宮に天の下知らしめす天皇の代」と書かないのは、編者同時代だから 河辺宮人:物語上の人名か 姫島:淀川河口の島の名か 見て:思い見て、の意。娘子の死は、伝説であったらしい。 228番歌 訳文 「この娘子の名は千代万代…
223番歌:柿本朝臣人麻呂、石見の国に在りて死に臨む時、自ら傷みて作る歌 224番と225番歌:柿本朝臣人麻呂が死にし時に、妻依羅(よさみ)娘子が作る歌二首 226番歌:丹比真人名は欠けたり柿本朝臣人麻呂が意(こころ)に疑(なずら)へて報ふる歌一首 227…
狭岑の島:香川県塩飽諸島中の沙弥島、埋め立てで今は坂出市と陸続きとか。 石中の死人:海岸の岩石の間に横たわる死人 220番歌 訳文 「玉藻のうち靡く讃岐は国柄が立派なせいかいくら見ても飽きることがない、国つ神が畏いせいかまことに尊い。 天地・日月…
吉備津采女:吉備の国(岡山県)の津の群出身の采女、歌によれば、采女の禁制を侵して結婚し入水自殺を遂げた。 217番歌 訳文 「秋山のように美しく照り映えるおとめ、なよ竹のようにたおやかなあの子は、どのように思ってか、長かるべき命であるのに、露な…
この一組(213~216番歌)に手を加えたものが、前の210~212番歌らしい。 213~216番歌は207~209番歌の異文系統と連をなしていたという。 213番歌 訳文 「妻はずっとこの世の人だと思っていた時に、手を携えて二人して見た、まっすぐに突き立つ百枝の槻の木…
今回は前回の195.の続きの210~212番歌です。 前の208番歌は、人麻呂が死んだ妻を求めて山訪ねをする歌です。 210番歌 訳文 「妻はずっとこの世の人だと思っていた時に、手に手を取って二人して見た、長く突き出た堤に立っている槻の木の、そのあちこちの枝…
今回は、207~209番歌の記載で、210~212番歌は次回の記載とします。 泣血哀慟(きふけつあいどう):果てには血の涙が出るほど泣き悲しむ意 207番歌 訳文 「軽の巷はわが妻のいる里だ、だから通い通ってよくよく見たいと思うが、休みなく行ったら人目につく…
弓削皇子:文武三(699)年7月21日没 置始東人:文武朝の歌人、弓削皇子に仕えた舎人か 204番歌 訳文 「あまねく天下を支配せられるわが主君、高く光り輝く天皇の皇子は、天上の御殿に神々しくも神として鎮まりいますので、そのことをばただただ恐れ畏み、昼…
203番歌 訳文 「降る雪よ、たんとは降ってくれるな。吉隠の猪養(いかい)の岡が寒いであろうから」 書き出し文 「降る雪は あはにな降りそ 吉隠の 猪養の岡の 寒くあらまくに」 皇女の死は和銅元(708)年6月25日だから、その年の冬か翌年の冬であろう。 皇…
202番歌 訳文 「哭沢の神社に神酒の瓶(かめ)を据えて無事をお祈りしたが、そのかいもなく、わが君は、空高く昇って天井を治められる方となってしまわれた」 書き出し文 「哭沢の 神社(もり)に御瓶据ゑ 祈れども わが大君は 高日知らしぬ」 死をとどめよ…
199番歌 訳文 「こころにかけて思うのも憚り多いことだ、ましてや口にかけて申すのもただ恐れ多い、明日香の真神の野原に天上の御殿を畏くもお定めになって、今は神として岩戸にお隠れ遊ばしておられるわが天皇が、お治めになる北の国美濃の真木立ち茂る不破…