2018-01-01から1年間の記事一覧
帥:大宰府の長官、従三位相当。 大伴卿:大伴旅人 956番歌 訳文 「あまねく天下を支配されるわが天皇のお治めになる国は、都のある大和もここ筑紫も変りはないと思っています」 書き出し文 「やすみしし 我が大君の 食(を)す国は 大和もここも 同じとぞ思…
510番歌 訳文 「奈良の都の大宮人たちが自分の家として住んでいる佐保山のあたりを懐かしんでいられますか、あなたは」 書き出し文 「さす竹の 大宮人の 家と住む 佐保の山をば 思ふやも君」 大宰帥大伴旅人に問いかけた宴歌。 さす竹の:大宮人の枕詞 引用…
膳部王:長屋王の子。母は草壁皇子の娘、吉備内親王。神亀元年(724)、従四位下、六年二月、父に殉じて母、兄弟とともに自尽。 954番歌 訳文 「朝は海辺で餌を漁り、夕方になると大和の方へ山を越えて行く雁が、何とも羨ましくてならない」 書き出し文 「朝…
五年:神亀五(728)年、聖武天皇の行幸。 950番歌 訳文 「天皇が境界を定めておいでになるとて、山守を置いて見張らせているという山に、私はどうしても入らずにはおかないつもりだ」 書き出し文 「大君の 境ひたまふと 山守据ゑ 守(も)るといふ山に 入ら…
散禁:刑罰として外出を禁じ、一所に閉じ込めること。 948番歌 訳文 「葛が一面に這い広がる春日の山は、春が来たとて、山の峡(かい)には霞がたなびき、高円では鶯が鳴いている。大勢の大宮人たちは、北へ帰る雁の来継ぐように毎日毎日、友と連れだって遊…
946番歌 訳文 「淡路島にまともに向き合っている敏馬の浦の、沖の方では深海松(ふかみる)を採り、浦のあたりではなのりそを刈っている。その深海松の名のように、都に残したあの人を見たいとは思うけれど、なのりその名のように、わが名の立つのが惜しいの…
942番歌 訳文 「妻に逢えないまま、手枕も交さず、桜皮(かにわ)を巻いて作った船の舷(ふなばた)に櫂を通して漕いで来るうちに、淡路の野島も過ぎ、印南都麻(いなみつま)や唐荷の島の、島の間からわが家の方を見やると、そちらに見える青山のどのあたり…
938番歌 訳文 「あまねく天下を支配されるわが天皇が、神として高々と宮殿をお造りになっている印南野の邑美(おうみ)の原の藤井の浦に、鮪(しび)を釣ろうとして海人の舟が入り乱れ、塩を焼こうとして人が大勢浜に出ている。浦がよいので釣をするのももっ…
聖武天皇の行幸の時の歌。 935番歌 訳文 「名寸隅(なきすみ)の舟着場から見える淡路島の松帆の浦に、朝凪には玉藻を刈ったり、夕凪には藻塩を焼いたりしている美しい海人の娘たちいるとは聞くが、その娘たちを見に行くてだてがないので、ますらおの雄々し…
933番歌 訳文 「天地が永遠であるように、日月が長久であるように、難波の宮でわが天皇はとこしえに国をお治めになるらしい。御食(みけ)つ国の日ごとの貢物として、淡路の野島の海人たちが、沖の岩礁に潜って鰒玉(あわびたま)をたくさんに採り出し、舟を…
931番歌 訳文 「浜辺が清らかなので、しなやかに生い茂っている玉藻に、朝凪にも千重に重なる波が寄せ、夕凪にも五百重(いおえ)に重なる波が寄せる。この岸の波がしきりに寄せるように、月ごと日ごとに見ても飽きるものか。まして今だけで見飽きることなど…
冬:神亀二年(725)の十月。 難波:大阪城南方の台地、法円坂町付近にあった。 928番歌 訳文 「難波の国は葦垣に囲まれた古びた里に過ぎないと、長らく人々は心にもかけず、ゆかりもない地と見てきたが、天皇は長柄の宮に太く高い真木の柱をどっかと打ち立…
926番歌 訳文 「安らかに天下を支配されるわが天皇は、吉野の秋津の小野の、野の上には跡見(あとみ)を配置し、山には射目(いめ)を一面に設け、朝(あした)の狩に鹿や猪を追い立て、夕の狩に鳥を飛び立たせ、馬を並べて狩場にお出ましになる。春の草深い…
923番歌 訳文 「あまねく天下を支配されるわが天皇が高々とお造りになった吉野の宮は、幾重にも重なる青い垣のような山々に囲まれ、川の流れの清らかな河内である。春のころは山に花が枝もたわわに咲き乱れ、秋ともなれば川面一面に霧が立ちわたる。その山の…
920番歌 訳文 「み山全体をさやかに響かせてほとばしり落ちる吉野川の、川の瀬の清らかなありさまを見ると、上流では千鳥がしきりに鳴く。下流では河鹿が妻を呼ぶ。天皇にお仕えする大宮人もあちこちにいっぱい往き来しているので、見るたびにむしょうに心引…
724年の聖武天皇の行幸。 917番歌 訳文 「安らかに天下を支配されるわが天皇の、とこしえに変わらぬ離宮としてお仕え申し上げている雑賀野(さいかの)に向き合って見える沖の島、その島の清らかな渚に、風が吹くたびに爽快な白波が立ち騒ぎ、潮が引くたびに…
913番歌 訳文 「むしょうに心引かれつつ、噂にばかり聞いていた吉野の、真木の茂り立つ山の上から見下ろすと、川の瀬川の瀬に、夜が明けそめると朝霧が立ちのぼり、夕方になると河鹿が鳴く、それにつけても、あの方を都に残した旅先のこと故、私独りで清らか…
反歌 908番歌 訳文 「毎年毎年こうして見たいものだ。ここ吉野の清らかな河内の渦巻き流れる白波を」 書き出し文 「年のはに かくも見てしか み吉野の 清き河内の たぎつ白波」 909番歌 訳文 「山が高いので、白木綿花(しらゆうばな)となってほとばしり落…
万葉集 巻第六 雑歌(公的な場で披露されたさまざまな歌をいう) 二の一 元正天皇の行幸で、奈良県吉野の宮滝付近にあった離宮に。 907番歌 訳文 「滝の上の三船の山に生き生きとした枝をさしのべて生い茂っている栂(とが)の木、 そのとがという名のように…
男子名:署名はないが、憶良帰京後の作と認められている。ただし、巻五に本来あった歌ではなく、後人が追補したものらしい。 古日:長歌に幼い「我が子古日」と歌われているが、七十を超えた憶良の子にしては年少にすぎる。幼児を失った知人になりきって詠ん…
反歌 898番歌 訳文 「気の紛れることはいっこうになくて、雲の彼方に隠れて鳴いて行く鳥のように、泣けて泣けて仕方がない」 書き出し文 「慰むる 心はなしに 雲隠り 鳴き行く鳥の 音のみし泣かゆ」 長歌の末尾を承けて、やや細かく述べている。 899番歌 訳…
897番歌 訳文 「この世に生きてある限りは<仏典には人間界に住む人の寿命は百二十年だという>無事平穏でありたいのに、障碍(しょうがい)も不幸もなく過ごしたいのに、世の中の憂鬱で辛いことには、ひどく重い馬荷に上荷をどさりと重ね載せるという諺のよ…
俗道の仮合即離し、去りやすく留めかたきことを悲嘆しぶる詩一首あわせて序(五の五)の訳文 「現世の生死の変転は目ばたくほどの短さであるし、人間の一生の生活は臂(ひじ)を伸ばすほどの短さである。まさに浮雲とともに空しく大空を漂う思いで、心も力も…
俗道の仮合即離し、去りやすく留めかたきことを悲嘆しぶる詩一首あわせて序(五の四)の訳文 「仏典には「黒闇天女が後から追いすがることを嫌うなら、功徳大天の先立って訪れることを受け入れぬがよい」とある<徳天は生をいい、黒闇は死をいう>。 かくし…
俗道の仮合即離し、去りやすく留めかたきことを悲嘆しぶる詩一首あわせて序(五の三)の訳文 「先の代の聖人もとっくに死んだし、後に続いた賢人もまた留まってはいない。もし金を出して死から逃れうるならば、古人の誰しもがそのための金を用意しただろう。…
俗道(ぞくどう)の仮合即離(けがふそくり)し、去りやすく留めかたきことを悲嘆(かな)しぶる詩一首あわせて序(五の二)の訳文 「ただし、この世には恒久不変の本質をもつものはない、だから丘が谷になったりする。また人生には一定不変の期限ははない。…
最初に序の訳文を記載します。長い序ですので、五つに分けて記載します。 俗道:世の中の在り方 仮合即離:人体を仮に構成している四要素、地水火風がすぐ離れ離れになってしまうこと。 俗道の仮合即離し、去りやすく留めかたきことを悲嘆しぶる詩一首あわせ…
沈痾自哀文(八の八)の訳文 「そもそも生きとし生ける者、悉く限りある身でありながら、なべて窮まり無き命を追い求めぬ者はない。こういうわけで、道士や方士たちが自ら丹経を背負って名山に入り薬を調合するのは、命を培い心を楽しませて長生を求めるため…
沈痾自哀文(八の七)の訳文 「改めて思うに、人は賢愚の別なく、世は古今の別なく、悉くが死を悲嘆する。歳月は先を争って流れ去り、昼も夜も休むことがないし<曾子は「過ぎ去って帰らぬものは年」と言っている。孔子の臨川の嘆きもまたこのことなのである…
沈痾自哀文(八の六)の訳文 「帛公略説(はくこうりゃくせつ)に「伏して思い自ら励ますのは長生をしようがためである。生は貪り願うべきだし、死は恐れるべきだ」とある。天地の最大の福徳を生という。だから、死んだ人間は生きている鼠にも及ばない。たと…