505.巻六・942~945:唐荷の島を過ぐる時に、山部宿禰赤人が作る歌一首あわせて短歌
942番歌
訳文
「妻に逢えないまま、手枕も交さず、桜皮(かにわ)を巻いて作った船の舷(ふなばた)に櫂を通して漕いで来るうちに、淡路の野島も過ぎ、印南都麻(いなみつま)や唐荷の島の、島の間からわが家の方を見やると、そちらに見える青山のどのあたりなのかさえさだかでなく、白雲も幾重にも間を隔ててしまった。漕ぎめぐる浦々、船の行き隠れる島の崎崎、その入江のどこを漕いでいる時も、私はずっと家のことばかりを思いつつやって来る。旅の日数が長いので」
書き出し文
「あぢさはふ 妹が目離(か)れて 敷栲の 枕もまかず 桜皮巻き 作れる船に 真楫貫き 我が漕ぎ来れば 淡路の 野島も過ぎ 印南都麻 唐荷の島の 島の際(ま)ゆ 我家(わぎへ)を見れば 青山の そことも見えず 白雲も 千重になり来ぬ 漕ぎたむる 浦のことごと 行き隠る 島の崎々 隈も置かず 思ひぞ我が来る 旅の日長み」
道行的叙述による望郷歌。945番歌まで、322~323番歌と同じく伊予下向時の作か。
あぢさはふ:目の枕詞。味鴨を遮り捕らえる網の目の意か。
反歌三首
943番歌
訳文
「この私は、玉藻を刈る唐荷の島で餌を求めて磯をめぐっている鵜ででもあるというのか、鵜ではないのだからどうして家を思わないでいられよう」
書き出し文
「玉藻刈る 唐荷の島に 島廻(しまみ)する 鵜にしもあれや 家思はずあらむ」
944番歌
訳文
「島蔭を伝いながら漕ぎ出ると、ああ、羨ましい。家郷大和へ向って上る熊野船が行く」
書き出し文
「島隠(しまがく)り 我が漕ぎ来れば 羨(とも)しかも 大和へ上る ま熊野の船」
長歌の「漕ぎたむる」以下を承けている。
ま熊野の船:熊野製の船。
945番歌
訳文
「風が吹くので、波が立ちはすまいかと様子を窺って、都太の細江の奥に隠(こ)っているところです」
書き出し文
「風吹けば 波か立たむと さもらひに 都太の細江に 浦隠(うらがく)り居(を)り」
引用した本です。
2016年9月27日の修学院離宮
次回は赤山禅院を予定しています。
では、今日はこの辺で。