392.巻四・656~661:大伴坂上郎女が歌六首
656番歌
訳文
「私の方だけですよ、あなたに恋い焦がれているのは。あなたのおっしゃる恋い焦がれるという言葉は、口さきだけの慰めとわかっています」
書き下し文
「我れのみぞ 君には恋ふる 我が背子が 恋ふといふことは 言のなぐさぞ」
654番歌の「恋ふ」を承けている。以下六首にも、恋歌を楽しむ気持が見られる。二嬢の立場に立って駿河麻呂に贈ったものという説もある。
657番歌
訳文
「あんな人のことなんどもう思うまいと口に出して言ったのに、また恋しくなるとは、なんと移り気な私の心なんだろう」
書き下し文
「思はじと 言ひてしものを はねず色の うつろひやすき 我が心かも」
六首中、この歌と次歌のみ独詠的である。初句は655番歌に応じている。次歌の「思へども」も同じ。
(前に記載した大伴宿禰駿河麻呂が歌三首と一緒に記載した方がよかったかな)
言ひてしものを:口に出して言うことはのっぴきならぬ重みを持つとされた。
はねず色の:「うつろひやすき」の枕詞。「はねず」は初夏に濃い桃色の花を開くにわうめか。服色としては橙赤色。
うつろいやすき:「うつろふ」は通常、恋心のさめる意に用いるが、ここは逆に諦めた恋心がまた燃え上がる意。
658番歌
訳文
「あの人を思ってもそのかいがないとわかっていながら、どうしてこんなにも激しく、私は恋いつづけるのであろうか」
書き下し文
「思へども 験(しるし)もなしと 知るものを 何かここだく 我が恋ひわたる」前歌とともに意志や理性で抑えきれない思いの激しさを嘆く歌。
以上三首は相手を信じきれない辛さを歌って駿河麻呂の歌に応じ、相手との間に距離があるが、次歌から次第に距離が縮められ、まとめられてゆく。
659番歌
訳文
「今のうちからつまらぬ噂がうるさいことです。こんなだったら、ああいやだ、あなた、この先どうなることでしょう。私はもうどうなったて・・・・・。」
書き下し文
「あらかじめ 人言繁し かくしあらば しゑや我が背子 奥もいかにあらめ」
あらかじめ:深い関係とも言えぬ今の段階から。
しゑや:見栄も外聞もなしに相手を拒否する捨てばちな気持を表す感動詞。
疑問詞「いかに」を承けて己然形で閉じる反語の形で結ばれているが、この語はその反語に応じている。
奥:将来の意。
660番歌
訳文
「あんたと私の仲なのに、他人があられもない噂で引き裂こうとしているようです。さああなた様、そんな中傷に断じて耳をお貸し下さいますな」
書き下し文
「汝(な)をと我を 人ぞ離(さ)くなる いで我が君 人の中言 聞きこすなゆめ」
「汝(な)」と呼べるほど親しい仲と思って売る相手に、噂に迷わされる頼りなさを見て取り、後半では「我が君」と呼び、懇願する形で距離を置いている。
離くなる:「なり」は推定の助動詞。人の噂を耳にしてその意図を推定している。
聞きこすなゆめ:「こす」は下手に出て頼む意。「な」は禁止の終助詞。
661番歌
訳文
「逢いたい逢いたいと思ってやっと逢えたその時くらい、おやさしい言葉のありったけをかけて下さい。いつまでも添い続けようとお思いならば」
書き下し文
「恋ひ恋ひて 逢へる時だに うるはしき 言尽してよ 長くと思はば」
この歌に至って二人の距離が完全に解消している。
引用した本です。
夜半から朝にかけて、久しぶりに数度の雨音を聞きました。
庭の花などには慈雨ですね。
裏山で2018年5月27日に撮った画像を貼り付けます。
では、今日はこの辺で。