432.巻四・770~774:大伴宿禰家持、久邇の京より坂上大嬢に贈る歌五首
770番歌
訳文
「人目が多いので逢いに行けないだけなのだよ。心までもあなたを離れて忘れてしまったわけではないのだがね」
書き下し文
「人目多み 逢はなくのみぞ 心さへ 妹を忘れて 我が思はなくに」
相手の情愛が薄い、と怨む以下四首の前置きとして、自分の心は変わらないと訴えた歌。
五首ともに、765番歌や767、768番歌に比べてからかいの気持がこめられ、それだけに、逆に心理的な距離の接近が認められる。
771番歌
訳文
「さももっともらしいうそをつくものだね。ほんとはあなたが本心から私に恋しているということなどがあるあるものか」
書き下し文
「偽りも 似つきてぞする うつしくも まこと我妹子 我れに恋ひめや」
以下四首、大嬢の便りに答える歌か。773番歌参照。
偽りも 似つきてぞする:相手の言葉が本心でないと見抜いてきめつける表現。
うつしくも:「うつし」は現実のことであるさまをいう形容詞。この語に対して次歌では夢を持ち出している。
772番歌
訳文
「せめて夢には見えてくれるだろうと安心して寝たのだが、私ほどは思ってくれないのだもの、あなたの姿が見えないのもあたりまえだ」
書き下し文
「夢にだに 見えむと我れは ほどけども 相し思はねば うべ見えずあらむ」
夢にも見えないから信じられないのだと前歌を引きついだ歌。
夢に見えないという事実に対する解釈を767番歌の場合とは変えて、怨む歌に仕立てあげている。
ほどけども:「ほどく」は「ほどろ」などと同根で、ここでは閉ざした心を拡げゆるめる意か。着物の紐を解く意その他、諸説がある。
773番歌
訳文
「口のきけない木にさえも、あじさいのように色の変わる信用できないやつがある。まして口八丁の諸弟(もろと)めと知りながら、そいつのうまいご託宣の数々にのせられてしまった」
「もの言わぬ木でも紫陽花のような七重八重咲くものがある諸弟めの美辞麗句にまんまとだまされてしまった」
書き下し文
「言とはぬ 木すらあぢさゐ 諸弟らが 練りのむらとに あざむかえけり」
相手の愛を伝えた使いを信じてばかを見たという歌。
あぢさゐ:ユキノシタ科の低木。夏、花を開き、その色がすぐ変わることで知られる。アジサイを詠んだ歌は、集中二首。
もう一首は、橘諸兄の巻二十・4448番歌です。
語源は、真の藍色が集まり咲く「集真藍」に由来。
集中では、移ろう色と咲きざまに注目しています。
この項を引用した本です。
諸弟:使いの名であろう。
練のむらと:練りに練った巧みな一群の予言の意か。
「うら」は群、「と」は祝詞、呪詛などの「と」で、重要な発言の意。
「言とはぬ」に対する語で、使いの言葉をわざと重々しく表現したもの。
774番歌
訳文
「百回も千回もあなたが私に恋していると言っても、もう諸弟めのうまい言葉はあてにしないぞ」
書き下し文
「百千(ももち)たび 恋ふと言ふとも 諸弟らが 練りことばは 我れは頼まじ」
諸弟の言葉を信用しないということを通して、大嬢の心も信用しまいとからかった歌。
引用した本です。
夜半からの小雨が降り続いています。
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