118.巻一・25、26:天武天皇の御歌(25)と或本の歌(26)
巻一には、壬申の乱にかかわる天武天皇の吉野行きの歌が残っています。それが25番歌と26番歌です。
25番歌
「み吉野の 耳我(みみが)の峯に 時なくぞ 雪は降りける 間なくぞ 雨は降りける その雪の 時なきがごと その雨の 間のなきがごと 隈(くま)もおちず 思ひつつぞ来(こ)し その山道を」
<歌意>
(み吉野の耳我の峯に、止む時もなく雪は降っていた。絶え間なく雨は降っていた。その雪の止む時もないように、その雨の絶え間もないように、道の曲がり角ごとに物思いをしながらやって来ることだ、その山道を)
26番歌
「み吉野の 耳我の山に 時じくぞ 雪は降るといふ 間なくぞ 雨は降るといふ その雪の 時じきがごと その雨の 間なきがごと 隈もおちず 思ひつつぞ来し その山道を」
<歌意>
(吉野の耳我の山に、時となく雪は降るという。絶え間なく雨は雨は降るという。その雪が時となく降るように、その雨の絶え間がないように、長い道中ずっと思いつつやって来た。その山道を)
参考にした本です。
坂本信幸氏の吉野と天武天皇について、万葉の旅大和編の頁174、175に記載してあります。さらに、「巻一・二五番の天武天皇御製歌の成立過程について」と題して、「萬葉」第一四五号に三十数頁の論文を発表しています。
萬葉学会ホームページから機関紙「萬葉」は閲覧できます。学会誌は初めて読みました。
25番歌が魏の武帝の「苦寒行」を踏まえ、さらに「詩経」の北風を踏まえた作品であることについて、論文で論じているとのことです。
明日記載予定の27番歌の説明が、頁174と175にあります。
そろそろ午前四時、今日はこの辺で。