504.巻六・938~941:山部宿禰赤人が作る歌一首あわせて短歌
938番歌
訳文
「あまねく天下を支配されるわが天皇が、神として高々と宮殿をお造りになっている印南野の邑美(おうみ)の原の藤井の浦に、鮪(しび)を釣ろうとして海人の舟が入り乱れ、塩を焼こうとして人が大勢浜に出ている。浦がよいので釣をするのももっともだ。浜がよいので塩を焼くのももっともだ。わが天皇がこうしてたびたびお通いになって御覧になるものなるほどと思われる。ああ、何と清らかな白浜であろう」
書き出し文
「やすみしし 我が大君の 神(かむ)ながら 高知らせる 印南野の 邑美の原の 荒栲の 藤井の浦に 鮪釣ると 海人舟騒き 塩焼くと 人ぞさはにある 浦をよみ うべも釣りはす 浜をよみ うべも塩焼く あり通ひ 見さくもしるし 清き白浜」
941番歌まで、帰途につく前日、邑美の行宮(かりみや)で献じた歌。
938~939番歌は、藤井の浦讃美を主題とする。
反歌三首
939番歌
訳文
「沖の波も、岸辺の波も静かなので、漁をするとて、藤江の浦に舟がさかんに入り乱れている」
書き出し文
「沖つ波 辺(へ)波静けみ 漁(いざ)りすと 藤江の浦に 舟ぞ騒ける」
940番歌
訳文
「印南野の浅茅(あさぢ)を押し伏せて旅寝する夜が幾日も続くので、家の妻のことが偲ばれてならない」
書き出し文
「印南野の 浅茅押しなべ さ寝(ぬ)る夜の 日長くしあれば 家し偲はゆ」
以下二首は、938~939番歌の国讃(ぼ)めに対して、萬葉羈旅歌のもう一つの主題である望郷の心を歌ったもの。
941番歌
訳文
「あの明石潟の干潟の道を通って、明日から心もはずむことであろう。妻の待つ家がだんだん近づくので」
書き出し文
「明石潟 潮干(しほひ)の道を 明日よりは 下笑(したゑ)ましけむ 家近づけば」
帰途につく前日、明日を想像して喜びの心を述べた歌。
明石に一夜を明かすの意をもこめたたか。
下笑(したゑ)ましけむ:心で喜ぶの「下笑む」から派生した形容詞「下笑まし」の未然形に「む」のついた形。
引用した本です。
昨日までに読み終わった本です。
小学校から習った歴史は、何だったのかと思います。
歴史は過去の学問ではなく、今進歩していて、新たな事実が明らかになっていく学問ですね。
認識を新たにしました。
では、今日はこの辺で。