495.巻六・913~916:車持朝臣千年が作る歌一首あわせて短歌
913番歌
訳文
「むしょうに心引かれつつ、噂にばかり聞いていた吉野の、真木の茂り立つ山の上から見下ろすと、川の瀬川の瀬に、夜が明けそめると朝霧が立ちのぼり、夕方になると河鹿が鳴く、それにつけても、あの方を都に残した旅先のこと故、私独りで清らかな川原を見るのが、何とも惜しまれてならない」
書き出し文
「味凝(うまこ)り あやにともしく 鳴る神の 音のみ聞きし み吉野の 真木立つ山ゆ 見下ろせば 川の瀬ごとに 明け来れば 朝霧立ち 夕されば かはづ鳴くなへ 紐解かぬ 旅にしあれば 我のみして 清き川原の 見らくし惜しも」
反歌一首
914番歌
訳文
「滝の上の三船の山は高く貴くて身もつつしまれるが、それでも私は都に残したあの方のことが片時も忘れられはしない」
書き出し文
「滝の上の 三船の山は 畏(かしこ)けど 思ひ忘るる 時も日もなし」
或本の反歌に日はく
915番歌
訳文
「千鳥の鳴く吉野川の川音のやむ時がないように、やむ時もなく思われるのはあの方のことだ」
書き出し文
「千鳥鳴く み吉野川の 川音の やむ時なしに 思ほゆる君」
916番歌
訳文
「旅に出てまだそう日数もたっていないのに、私のあの方への思いは、吉野川の霧となってしきりに立ちのぼっている」
書き出し文
「あかねさす 日並べなくに 我が恋は 吉野の川の 霧に立ちつつ」
赤人の325番歌を踏まえて、恋の嘆きが霧に立つという相聞的発想によったもの。799番歌参照。
引用した本です。
それでは、今日はこの辺で。