万葉集の日記

楽しく学んだことの忘備録

492.巻五・904~906:男子名は古日に恋ふる歌三首 長一首 短二首

男子名:署名はないが、憶良帰京後の作と認められている。ただし、巻五に本来あった歌ではなく、後人が追補したものらしい。

古日:長歌に幼い「我が子古日」と歌われているが、七十を超えた憶良の子にしては年少にすぎる。幼児を失った知人になりきって詠んだのであろう。

904番歌

訳文

「世間の人が貴び願う七種の宝も、私はどうして欲しいかろう。われわれ夫婦の間の、願いに願って授かった白玉のような幼い児古日は、明星の輝く朝になると、寝床のあたりを離れず、立つにつけ座るにつけ、まつわりついてはしゃぎ廻り、夕星の出る夕方になると、「さあ寝よう」と手に縋りつき、「父さんも母さんもそばを離れないで。まん中に寝る」と、かわいらしくもそれが言うので、早く一人前になってほしい、良きにつけ悪しきにつけそのさまを見たいと楽しみにしていたのに、思いがけず、横ざまのつれない突風がいきなり吹きかかって来たので、どうしてよいのかてだてもわからず、白い襷を懸け、鏡を手に持ちかざして、仰いで天の神に祈り、伏して地の神を拝み、治して下さるのも、せめてこのままで生かして下さるのも神様の思し召しのままですと、居ても立ってもいられずにひたすらお祈りしたけれども、ほんの片時ももち直すことはなく、次第に顔かたちがぐったりし、日毎に物も言わなくなり、とうとう息が絶えてしまったので、思わず跳びあがり、地団駄踏んで泣き叫び、伏して仰ぎつ、胸を叩いて嘆きくどいた、そのかいもなく、この手に握りしめていた我が子を飛ばしてしまった。これが世の中を生きていくということなのか」

書き出し文

「世の人の 貴び願ふ 七種の 宝も我れは 何せむに 我が中の 生れ出でたる 白玉の 我が子古日は 明星(かぼし)の 明くる朝は 敷栲の 床の辺去らず 立てれども 居れども ともに戯れ 夕星(ゆふつづ)の 夕になれば いざ寝よと 手をたづさはり 父母も うへはなさかり さきくさの 中にを寝むと 愛(うつく)しく しが語らへば いつしかも 人と成り出でて あしけくも よけくも見むと 大船の 思ひ頼むに 思はぬに 横しま風の にふふかに 覆ひ来れば 為むすべの たどきを知らに 白栲の たすきを懸け まそ鏡 手に取り持ちて 天つ神 仰ぎ祈(こ)ひ禱(の)み 国つ神 伏して額つき かからずも かかりも 神のまにまにと 立ちあざり 我れ祈り禱めど しましくも よけくはなしに やくやくに かたちくづほり 朝な朝な 言ふことやみ たまきはる 命絶えぬれ 立ち躍り 足すり叫び 伏し仰ぎ 胸打ち嘆き 手に持てる 我が子飛ばしつ 世間の道」

904~6一連は、憶良の手許に控えを残さず、幼児を失った人に贈ったままになっていたので、追補されることになったものらしい。

反歌

905番歌

訳文

「まだ年端もゆかないので、どう行ってよいかわかりますまい。贈り物は何でも致しましょう。黄泉の使いよ、どうか背負って行ってやって下さい」

書き出し文

「若ければ 道行き知らず 賄(まひ)はせむ 黄泉(したへ)の使 負ひて通らせ」

906番歌

訳文

「布施を捧げて私はひたすらお願い申し上げます。あらぬ方に誘わずにまっすぐ連れて行って、天への道を教えてやって下さい」

書き出し文

「布施置きて 我れは祈ひ禱む あざむかず 直に率行きて 天道知らしめ」

右(上)の一首は、作者いまだ詳らかにあらず。ただし、裁歌の体、山上の操に似たるをもちて、この次に載(の)す。

この歌が、巻五の最後です。

引用した本です。

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下鴨神社

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さざれ石

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では、今日はこの辺で。