455.巻五・853・854・ 松浦川に遊ぶ序
序の訳文
「私は、たまたま松浦の県をさすらい、ふと玉島の青く澄んだ川べりに遊んだところ、思いがけずも魚を釣る娘子たちに出逢った。
その花の顔は並ぶものがなく、光り輝く姿は比べるものもない。
しなやかな眉はあたかも柳の葉が開いたよう、あでやかな頬はまるで桃の花が咲いたよう。
気品は雲を凌ぐばかりで、艶やかさはこの世のものとも思えない。
私は尋ねた。「どこの里のどなたのお子ですか。もしかしたら仙女ではありませんか」と。
娘子たちは、皆はにかんでこう答えた。
「私どもは漁夫の子で、あばらや住まいのとるに足りないものです。
決まった里もなければ確かな家もございません。
どうして名告るほどの者でございましょう。
ただ生まれつき水に親しみ、また心に山を楽しんでおります。
ある時には洛水の浦に臨んで、いたずらに美魚の身の上を羨んだり、ある時には巫山の峡に横たわって、空しく雲や霞を眺めたりしています。
今はからずも高貴なお方に出逢い、嬉しさを押さえきれずに心の底をうち明ける次第です。
ただ今からは、どうして偕老のお約束を結ばないでいられましょうか」と。
折しも、日は山の西に落ちかかり、黒駒はむやみに帰りを急いでいる。
私はついにたまらなくなって心のうちを開陳し、歌に託して次のように言い贈った」
853番歌
訳文
「魚を獲る海人の子どもだとあなたがたはおっしゃるけれど、一目見てわかりました。貴人のお子であるということが」
書き下し文
「あさりする 海人の子どもと 人は言へど 見るに知らえぬ 貴人の子と」
854番歌:答ふる詩に曰はく、
訳文
「玉島のこの川上に私たちの家はあるのですが、あなたに気圧されて明かさないでいたのです」
書き下し文
「玉島の この川上に 家はあれど 君を恥しみ あらはさずありき」
では、今日はこの辺で。