433.巻四・775~781:大伴宿禰家持、紀郎女に贈る歌一首、紀郎女、家持に報へ贈る歌一首、大伴宿禰家持、さらに紀郎女に贈る歌五首
775番歌
訳文
「鶉(うずら)の鳴く古びた里にいた頃から思いつづけてきたのに、どうしてあなたに逢う機会もないのであろうか」
書き下し文
「鶉鳴く 古りにし里ゆ 思へども 何ぞも妹に 逢ふよしもなき」
鶉鳴く:古るの枕詞。草深い野の荒涼たるさまを介してかかる。
古りにし里ゆ:久邇の新都にあって、旧都奈良をこのように表現したもの。
776番歌
訳文
「先に言い寄ったのはどなただったかしら。山あいの苗代の水が流れ出さないのと同じように、一向に通っても来ずそんなにおっしゃるとは」
書き下し文
「言出しは 誰が言にあるか 小山田の 苗代水の 中よどにして」
逢えないのでなく逢う気がないのだとやり返した歌。
言出しは:言出は重大な発言をする意。
小山田の 苗代水の:小は接頭語。谷川を堰き止めてたたえた山あいの苗代の水の、の意。
この二句は序。「中よど」を起こす。
都から遠く隔たった地であることを表す前歌の上二句に応じた表現。
中よど:流れが途中で止まること。妻どいがとだえることの譬え。
777番歌(さらに紀郎女に贈る歌五首)
訳文
「あなたのお住まいの垣根を見に行ったら、もしや戸口から追い返されるのではありますまいか」
書き下し文
「我妹子が やどの籬(まがき)を 見に行かば けだし門より 帰(かへ)してむかも」
以下780番歌まで、自分を遠ざけて逢おうとしない相手を、籬を廻らし黒木で作った庵で神に仕えて籠もる、道心堅固な巫女と見立てたものらしい。
籬:視線を避ける目かくしの垣。「ま」は目の意。
778番歌
訳文
「何を好んで垣根の様子を見に行こうなどと言うものですか。本心はあなた様のお顔見たさからなのです」
書き下し文
「うつたへに 籬の姿 見まく欲り 行かむと言へや 君を見にこそ」
前歌の籬を承けて本当の目的はあなただと言い、「我妹子」を「君」と言いかえて、自らを下男に見立てる以下二首につないでいる。
うつたへに:第四句の反語を導く副詞。517番歌参照。
779番歌
訳文
「板葺きで黒木造りの屋根を造ろうというのなら、さいわい山も近いことだし、明日にでも採って、持って参りましょう」
書き下し文
「板葺(いたぶき)の 黒木の屋根は 山近し 明日の日取りて 持ちて参ゐ来む」
忌籠りのための仮の庵を作るというのなら手伝いましょう、とからかった歌。
黒木:皮がついたままの材木。
山近し:挿入句。769番歌にも「山辺に居れば」とあった。
780番歌
訳文
「黒木を採り、かやを刈ってお仕えするのはたやすいことですが、だからと言って、よく働く感心な小僧だとほめてくれそうにもありませんね」
書き下し文
「黒木取り 草(かや)も刈りつつ 仕へめど いそしきわけと ほめむともあらず」一には「仕ふとも」といふ
前歌を承けついで、どんなに勤めても所詮は受け入れてくれないだろうと言ったもの。
草(かや):庵の屋根や壁に用いる草。すすき、ちがやの類。11番歌参照。
いそしき:勤勉な、の意の形容詞。
わけ:552番歌参照。「若し」と同根で、年少の召使いなどを呼ぶ語。
781番歌
訳文
「昨夕(ゆうべ)は私を空しく帰らせたね。今夜まで同じように帰すようなことはしないでくれ。ここまで長い長い道のりなのに」
書き下し文
「ぬばたまの 昨夜(きぞ)は帰しつ 今夜(こよひ)さへ 我れを帰すな 道の長手を」
777番歌の「帰してむかも」を承けて前三首を包みこみ、真正面から今夜こそ逢ってほしいと言うことで一群の歌を結んだもの。
ぬばたまの:昨夜(きぞ)の枕詞。
長手:536番歌参照、長く延びた道筋。てはそうした状態にある場所を表す接尾語。
引用した本です。
今朝は穏やかに明けました。
一日過ごしやすい日でしょうか。
今日も法隆寺の画像を貼り付けます。
東院へ
中宮寺、画像は少ないです。
では、今日はこの辺で。
次回は慈光院を予定しています。