万葉集の日記

楽しく学んだことの忘備録

386.巻四・631~642の十二首

湯原王、娘子に贈る歌二首 志貴皇子の子なり

631番歌

訳文

「無愛想なんだな、あなたという人は、あれほど遠い家路を空しく帰らせても平気なのだと思うと」

書き出し文

「うはへなき ものかも人は しかばかり 遠き家道を 帰さく思へば

以下十二首、湯原王と娘子とのかなり長期にわたる恋の展開を追う形で並べられている。

この歌は最初の妻どいを女が一旦拒絶する風習を踏まえて詠まれていたか。

632番歌

訳文

「目には見えても手には取れない月の中の桂の木のように、手を取って引き寄せることのできないあなた、ああどうしたらよかろう」

書き出し文

「目には見て 手には取らえぬ 月の内の 楓(かつら)のごとき 妹をいかにせむ」

前歌の「人」を憧れの対象として、「妹」と呼び、顔は見せても心から許してくれぬもどかしさを訴えた歌。

娘子、報へ贈る歌二首

娘子:遊行女婦か。

633番歌

訳文

「それほどまで私を思って下さったからかしら。そういえば、あなたの枕を片隅に置いて独り寂しく寝た夜の夢に、お姿が見えました」

書き出し文

「そこらくに 思ひけめかも 敷栲の 枕片さる 夢に見え来し」 

前歌の相手の心情を「そこらくに」で指示しながら、相手を受け入れた後の夜戯れを皮肉をこめて怨む歌。

枕片さる:男の訪れない夜、共寝の相手の枕が床の傍らに寄っている状態をいう。

634番歌

訳文

「私は家でお逢いする時ももうこれで十分と思うことはないのに、あなたは別れ別れになるはずの旅にまで奥さんとご一緒とは、お羨(うらや)ましいこと」

書き出し文

「家にして 見れど飽かぬを 草枕 旅にも妻と あるが羨(とも)しさ」

同一人物の「家」と「旅」とを対比して歌う古い旅の歌の型を踏まえながら、家の自分と旅の相手との対比に転じている。夫婦仲の睦まじい相手の心に自分が入りこむ隙がないことを皮肉っぽく歌っているが、背後に相手の心を疑わぬゆとりがある。

湯原王、また贈る歌二首

635番歌

訳文

「旅にまで妻を連れてきているとはいっても、心の底から私が思っているのは、櫛笥に納めた玉のように、めったに心を許してくれないあなたなのだよ」

書き出し文

草枕 旅には妻は 率(ゐ)たれども 櫛笥のうちの 玉をこそ思へ」

弱みを突いて来た前歌をそのまま受け止めて、ことさら相手を持ち上げる形で歌っている。

636番歌

訳文

「私の着物を私の身代わりに差し上げます。枕を遠ざけたりせず、せめてこれを身にまとって寝て下さい」

書き出し文

「我が衣 形見に奉る 敷栲の 枕を放(さ)けず まきて寝ませ」

633番歌に対する返歌。

娘子、また報へ贈る歌一首

637番歌

訳文

「あなたの身代わりの着物は、妻どいに来られたあなただと思って、肌身を離したりはいたしますまい。たとえ物言わぬ着物ではあっても」

書き出し文

「我が背子が 形見の衣 妻どひに 我が身は離(さ)けじ 言とはずとも」

前歌に答えたもの。

湯原王、また贈る歌一首

638番歌

訳文

「たった一晩逢いに行けなかっただけなのに、一月もたってしまったかのように狂おしい気持になりました」

書き出し文

「ただ一夜 隔てしからに あらたまの 月か経ぬると 心惑ひぬ」

娘子、また報へ贈る歌一首

639番歌

訳文

「あなたがこんなにも私を恋しく思って下さるからこそ、夢にお姿が現われて、私を寝つかせてくれなかったのですね」

書き出し文

「我が背子が かく恋ふれこそ ぬばたまの 夢に見えつつ 寐(い)ねらえずけれ」

633番歌の夢は疑いを残す形で相手を揶揄していたが、ここでは眠りを妨げられて迷惑だ、となじる形で親しさが表されている。

かく:前歌の内容を指示している。

湯原王、また贈る歌一首

640番歌

訳文

「ああたまらない。すぐそばの里にいるのに、それを雲のかなたにいる人のように恋いつづけるのか。逢ってからまだ一月もたたないというのに」

書き出し文

「はしけやし 間近き里を 雲居にや 恋ひつつ居(を)らむ 月も経なくに」

娘子、また報へ贈る歌一首

641番歌

訳文

「二人の仲もこれでおしまいと言ったら私がしょげ返るだろうとでもいうように、いつも私にくっついていられますが、それで波風もたたずにすんでいるのですか、あなた」

書き出し文

「絶えゆと言はば わびしみせむと 焼大刀の へつかふことは 幸くや我が君」

相手が妻とともに去る日の近いことを知っての歌か。

湯原王が歌一首

642番歌

訳文

「あなた恋しさに私の心が乱れたならば、その乱れ心を糸車にかけて、あなたの片糸と縒り合わせて手操ればよいと、私は恋い始めたのですよ」

書き出し文

「我妹子に 恋ひて乱れば くるべきに 懸けて寄せむと 我が恋ひそめし」

もし別れる時が来たらこうでもして引き留めたいと思ってきたという気持を述べ、十二首を歌い納めた。

くるべき:竿の先の横軸の周囲につけたわくに糸を掛けて操る道具。女の用いる物で、前歌の男の持ち物「焼大刀」と対にした。

引用した本です。

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今日は夏日にならない予報です。

朝晴れの良い天気なのですが。

では、今日はこの辺で。