万葉集の日記

楽しく学んだことの忘備録

197.巻二・213、214、215、216:或本の歌に日はく

この一組(213~216番歌)に手を加えたものが、前の210~212番歌らしい。

213~216番歌は207~209番歌の異文系統と連をなしていたという。

213番歌

訳文

「妻はずっとこの世の人だと思っていた時に、手を携えて二人して見た、まっすぐに突き立つ百枝の槻の木、その木があちこちに枝を伸ばしているように、その春の葉がびっしりと茂っているように、絶え間なく思っていた妻ではあるが、頼りにしていた妻ではあるが、常なき世の定めに背くことはできないものだから、陽炎の燃え立つ荒野に、まっ白な天女の領巾に蔽われて、鳥でもないのに朝早くわが家を後にして行き、入日のように隠れてしまったので、妻が形見に残していった幼な子が物欲しさに泣くたびに何をやってよいやらあやすすべを知らず、男だというのに、小脇に抱きかかえて、妻と二人して寝た離れの中で、昼はうら寂しく暮し、夜は溜息ついて明かし、こうしていくら嘆いてもどうしようもなく、いくら恋い慕っても逢える見こみもないので、「羽がいの山にあなたの恋い焦がれるお方はおいでになります」と人が言ってくれたままに、岩根を押しわけ苦労してやっと来たがそのかいすらもない。ずっとこの世の人とばかり思っていた妻が、空しくも灰となっておいでになるので」

書き出し文

「うつそみと 思ひし時に たづさはり 我がふたり見し 出立の 百枝槻の木 こちごちに 枝させるごと 春の葉の 茂きがごとく 思へりし 妹にはあれど 頼めりし 妹にはあれど 世間を 背きしえねば かぎるひの 燃ゆる荒野に 白栲の 天領巾隠り 鳥じもの 朝立ちい行きて 入日なす 隠りにしかば 我妹子が 形見に置ける みどり子の 乞ひ泣くごとに 取り委する 物しなければ 男じもの 脇ばさみ持ち 我妹子と 二人我が寝し 枕付く 妻屋のうちに 昼は うらさび暮らし 夜は 息づき明かし 嘆けども 為むすべ知らに 恋ふれども 逢ふよしをなみ 大鳥の 羽がひの山に 我が恋ふる 妹はいますと 人の言へば 岩根さくみて なづみ来し よけくもぞなき うつそみと 恋ひし妹が 灰にていませば」

短歌三首

214番歌

訳文

「去年見た秋の月は今も変らず渡っているが、この月を一緒に見た妻は、年月とともにいよいよ遠ざかって行く」

書き出し文

「去年見てし 秋の月夜は 渡れども 相見し妹は いや年離(さか)る」

215番歌

訳文

「引手の山に妻を置いて来て、その山道を思うと、生きた心地もしない」

書き出し文

「衾(ふすま)ぢを 引手の山に 妹を置きて 山道思ふに 生けるともなし」

216番歌(210番歌の群にこの216番歌ない)

訳文

「家に帰りついて懐かしい妻屋の寝床を見ると、空しくもあらぬ方を向いている。妻の木枕は」

書き出し文

「家に来て 我が家を見れば 玉床の 外に向きけり 妹が木枕(こまくら)」

萬葉の亡妻悲傷歌は、人麻呂ー憶良ー旅人ー家持と、専門歌人の間で系譜を持つが、憶良以下に強い影響を与えたのはむしろ或本歌の群であったとのこと。

引用した本です。

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今朝はこの秋として暖かく、室温18℃です。

では、この辺で。