万葉集の日記

楽しく学んだことの忘備録

184.巻二・163、164:大津皇子の薨ぜし後に、大伯皇女、伊勢の斎宮より京に上る時作らす歌二首

166番歌までを一群とすればよいのでしょうが、題詞に従い二首の記載としました。

ブログ番号154と155の105番歌、106番歌、107番歌~110番歌を読んでみてください。

163番歌

訳文

「荒い風の吹く神の国伊勢にいた方がむしろよかったのに、どうして大和に帰って来たのであろう。弟ももうこの世にいないのに」

書き出し文

「神風の 伊勢の国にも あらましを 何しか来けむあらなくに」

164番歌

訳文

「逢いたいと私が思う弟もいないのに、どうして大和などに帰って来たのであろう。いたずらに馬が疲れるだけだったのに」

書き出し文

「見まく欲(ほ)り 我がする君も あらなくに 何しか来けむ 君もあらなくに」

以上二首は、沈痛な105番歌、106番歌から五十余日後の抒情。

大津の屍はまだ残されていた。

・・・風貌たくましく、言葉優れて朗らかで才学あり、文筆を愛したという大津皇子

天武天皇には十人の皇子と七人の皇女がおり、皇位継承が問題になっていました。

中でも皇后鵜野讃良皇女を母とする草壁皇子と大田皇女を母とする大津皇子は、陰謀に巻き込まれることになります。

大津皇子は、父・天武の崩御後ひと月もたたずに、謀反の罪で捕らえられ、たった一日で刑死させられました。

皇位継承を狙う鵜野皇后の息子を思う執着が、将来ある青年の貴重な命を絶ったという背景があります。・・・

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以下の三冊を引用しました。

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今朝も虫の声なし、もう虫の声の時期は終わったようです。

大雪山山系旭岳の紅葉が報じられていました。

もうじき初冠雪です。

では、この辺で。