万葉集の日記

楽しく学んだことの忘備録

146.巻二・86、87、88:磐姫皇后、天皇を思ひ作らす歌四首の第二から第四首

犬養氏の「わたしの萬葉百首 上巻」を引用して記載します。

この連作の第二番目(86番歌)は、

訳文

「こんなに恋続けてなんかいないで、いっそのこと出かけていって、途中で死んだってかまいはしない」

書き出し文

「かくばかり 恋ひつつあらずは 高山の 磐根し枕(ま)きて 死なましものを」

そうすると、第三番目は、

87番歌

訳文

「やっぱりこうやって居続けて、あの方をお持ちしていよう。このなびいている私の黒髪に、夜の霜が降りたってかまいやしない」

書き出し文

「ありつつも 君をば待たむ うつなびく わが黒髪に 霜の置くまでに」

それでその第四番目に

88番歌

訳文

「秋の田の穂の上に霧らむ朝霧の、その形が、そのまま私の心だと。もうもうとして晴れやらない。いづへの方に我が恋ひやまむ。どちらを向いたら、私の恋心はなくなるだろう」

書き出し文

「秋の田 穂の上に霧(き)らふ 朝霞 いづへの方に 我が恋ひやまむ」

「秋の田んぼ、実っているでしょう。秋の田の穂の上に、もうもうとかかっている朝霧です。朝霞というのは朝霧。その朝霧は、もうもうとして晴れやらないでしょう。私の恋の思いは、これだっていうんですね。(上の訳文につづく)」

これは前の歌の時に(85番歌)にもお話しましたが、もともとこの四つの歌は、それぞれ別々の民謡風のもの、伝承されている歌なんですね。そうして磐姫さんが情熱の強い人ですから、磐姫さんはこうも詠んだろうといい伝えているわけですね。いい伝えて四首並べている。この四首の並べ方を見ると、古代の人が、恋の女性心理に対する理解がいかに深いかがよくわかりますね。第一番(85番)では、行こうか迷っていようか。第二番目は、絶対行こう。そしたら第三番目で、やっぱり夜露が降りたって待っていよう。第四番目は、とうとう徹夜したいみたいで、

「秋の田の 穂の上に霧(き)らふ 朝霞 いづへの方に 我が恋ひやまむ」

と、ため息をつくわけですね。しかもこの歌は、の、の、のというのが大事です。こもっていくみたい。

「秋の田の 穂の上に霧らふ 朝霞」

人間の本当に果てしない恋心ね。どこまでいったって、やむことのない恋心を、実によく描いているでしょう。「秋の田の 穂の上に霧らふ 朝霞」という、その形が、そのまま自分の心なんでしょう。

さて磐姫さんの歌として伝えているが、実はそういうバラバラの庶民の、おそらく民謡風のものでしょう。それでこの磐姫さんの情熱の強さを示すのがこういうふうな四首の連作、大変ロマンティックな並べ方でもありますね。女性心理の深さもわかる。

この磐姫さんのお墓は、どこにあるかというと、奈良の平城京の北側に、磐姫皇后坂上陵としてあるんです。前方後円墳の大きなお墓で、南面として二重の堀ができている。そこに行ってみると、ブツブツあぶくが出てきて、磐姫さん、今も恨んでいるような感じがするくらい。静かないいところですよ。ああいうところを、皆さん将来お歩きになって、こういう歌を思ってごらんになったらいいと思う。

たとえこれは磐姫さんの歌でなくても、素晴らしい連作ですね。そして恋愛心理をよくつかんでいる歌。それじゃもう一度歌ってみましょう。この連作として四つを歌ってみよう。実はバラバラのうただけれど。

(85番歌から88番歌の書き出し文が記載されています)

「君が行 日長くなりぬ 山尋ね 迎へか行かむ 待ちにか待たむ」

「かくばかり 恋ひつつあらずは 高山の 磐根し枕きて 死なましもを」

「ありつつも 君をば待たむ うちなびく わが黒髪に 霜の置くまでに」

「秋の田の 穂の上に霧(き)らふ 朝霞 いづへの方に わが恋ひやまむ」

四首を歌ったところで、終えたいと思います。犬養先生の萬葉百首の上巻の「17 朝がすみ」を引用しました。

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