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万葉集の日記

楽しく学んだことの忘備録

92.万葉集に詠まれている花(26)なし:梨・成

ナシ、バラ科ナシ属、子供のころより親しみのある果物ですね。

よく賞味し名の覚えている梨:二十世紀梨と孝水

鳥取県が有名でしょうか。

倉吉市の「鳥取二十世紀梨記念館」で、世界の梨を知ることができるといいます。

縁があって、見学できるといいのですが。

セイヨウナシ、チュウゴクナシなどもあるようです。

手持ちの新版北海道樹木図鑑には、セイヨウナシが記載されているのですが、ほかの種について記載がないのです。

梨の花の写真がないので、果実の画像を貼り付けました。

2014年8月29日撮影

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 手持ちの数少ない蔵書では集中三首詠まれていると記載していました。

巻10・2188、巻10・2189、巻16・3634

いずれも詠み人不明です。

で、ややこしいことに最後の一冊に集中四首と記載しているのです。

最後の一冊読まなければよかったかな。

巻19・4259の大伴家持の歌です。

この歌は、「・・・梨の黄葉を見てこの歌を作れり」と、あとの詞書きにあるので、十月にナシの黄葉の情景を歌ったもののようです。

ただ、「なし」は、現在ナシであるとされているのですが、

異説としては、オオズミ(ヤマナシ、ヤマリンゴ)、アズキナシ、ズミ(別名コナシ)などです。

梨の葉は、肉厚でゴワゴワしていて、とても挿頭にするようなものでないことなどから、ナシとするには疑問が残るというのが根拠のようです。

語源は、「中白」の略から、風があると実らないところから「風無し」、「なす」の転などの説があるようです。

梨の花も黄葉も見たことがないので、どの説が正しいのか判断できないのですが、ここでは梨としたいです。

では、歌へ。

訳は、いつものように中西 進氏によります。

巻10.2188

「黄葉のにほひは繁し 然れども妻梨の木を手折り挿頭(かざ)さむ」

(黄葉は多くの木々をいろどっている。だが私は妻と成す梨の木を手折って髪に挿そう)

(色づいた木々の葉色はさまざまで、たくさんあるけれど、妻の無い私は、梨の木を折って髪に挿そう)庄司信洲氏編著「万葉の花」による

巻10.2189

「露霜の寒き夕の秋風にもみちにけりも妻梨の木は」

(露霜が寒々と感じられる夕方の秋風によって、美しく色づいたことよ)

巻16・3834

「梨棗(なつめ)黍(きみ)に粟嗣(つぎ)延(は)ふ田葛(くず)の後も逢はむと葵(あふひ)花咲く」

(梨、黍、黍に粟がついでみのり、蔓を伸ばす葛のように後にまた逢おうと葵に花が咲くよ)

巻19・4259

「十月(かむなづき)時雨の常かわが背子が屋戸の黄葉散りぬべく見ゆ」

(十月の時雨のならいか、あなたの家の黄葉は散ってしまいそうに見えます)

そ、四首とも梨の花を詠んだ歌ではないのです。

「26.万葉集に詠まれている花 (26)」とすることに少しためらいがあったのです。

でも、参考にした本が花として取り扱っていたこと、梨の花は桜の花に似たきれいな花を咲かすので、表題のように花にしました。

巻10・2188の歌の妻梨について、妻梨という木は無いので、一人身の「無」を「梨」にかけています。

日本で多く栽培されているニホンナシは、野生のヤマナシを改良されたものだそうです。

栽培の歴史は古く、日本書紀にも平安初期の延喜式にも記述があるようです。

日本書紀の持統紀七年三月の条にナシやクリなどの果樹の栽培を勧める記載があり、五穀を助けるための作物とされたようです。

延喜式には信濃や甲斐の国から朝廷にナシが献上されたことが記載されているようです。

古代から梨は、貴重な果樹として食用にされてきたようです。

奈良市春日大社神苑・万葉植物園のナシは、原種に近いニホンナシと言われているようです。

どのような花が咲くのだろう。

果実はどのような味がするのだろう。

現在の品種改良された梨は、おいしくきれいな花を咲かせるようです。

なぜ、花を詠まなかったのかな。

いや、詠んでいると思うのですが、いい歌がなかったので選にもれたかな。

肌寒い雨の日(2014年9月4日)にこのブログを記載しています。 

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