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万葉集の日記

楽しく学んだことの忘備録

54.金澤弘毅氏の「異説古代史疑 平成私本書紀」を読む

太宰府 柿本人麻呂 朝廷

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柿本人麻呂の歌が氏の本に出てきます。

巻三・三〇四の歌です。

「大君の 遠の朝廷と あり通ふ 島門を見れば 神代し思ほゆ」

「大王之 遠乃朝廷跡 蟻通 鳴門乎見者 神代之所念」

(大君の遠い朝廷として官人たちが通いつづける海路の、島山の間を見ると神代の昔が思われる:中西進 万葉集一 講談社文庫による)

ここの朝廷は地方出向の朝廷の意で、もっぱら太宰府の意のようです。

でも金澤氏の朝廷は太宰府ではなく、オホキミと呼ばれた尊貴な中枢権力のあった場所で、このことは人麻呂の時代の人には常識であったことを窺い知ることができるとしています。

このことは北九州に倭国というヤマト王権とは別のクニがあったことを言っています。

歌の解釈も以下のようになります。

(蟻の通り路のような狭い水路を通って、かって大王が居たという昔の朝廷があったところに向かうと、その門のように並ぶ島が見えて、繁栄したと伝えられる神代からのことが偲ばれる:金澤氏)

さらに、氏の本の第15章に大海人皇子の謎が記載されていて、氏は皇子を筑紫倭王家の王子だったのではないかと推理しています。

万葉集の歌の中で、大海人皇子の詠んだとされる歌なども別の解釈がなされるのではないでしょうか。 

最後に筑紫倭王家の王子であったとすると壬申の乱なども再考の余地があるのでしょう。

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