万葉集の日記

楽しく学んだことの忘備録

239.巻三・307、308、309:博通法師、紀伊の国に行き、三穂の石室(いはや)を見て作る歌三首

紀伊の国の歌は、行幸歌ばかりでなく、旅行く者が耳にした伝説も歌われている。 たとえば、博通法師(伝未詳)という僧侶は、三穂(日高郡美浜町三尾)を訪れた時、その地に伝わる伝説を歌った三首です。 307番歌 訳文 「(はだすすき)久米の若子がいたとい…

238.巻三・306:伊勢の国に幸す時に、安貴王(あきのおほきみ)が作る歌一首

安貴王:志貴皇子の孫、春日王の子。妻は紀女郎。 306番歌 訳文 「伊勢の海の沖の白波が花であったらよいのに。包んで持ち帰っていとしい子への土産にしようものを」 書き出し文 「伊勢の海の 沖つ白波 花にもが 包みて妹が 家(おへ)づとにせむ」 伊勢の海…

237.巻三・305:高市連黒人が近江の旧き都の歌一首

305番歌 訳文 「こんなことになるに違いないから見るのは嫌だというのに、近江の旧都をわけもなく見せて・・・」 書き出し文 「かく故に 見じと言ふものを 楽浪(ささなみ)の 旧(ふる)き都を 見せつつもとな」 近江の都跡に行くはめになった作者が、そこ…

236.巻三・303、304:柿本朝臣人麻呂、筑紫の国に下る時に、海道にして作る歌二首

303番歌 訳文 「名の素晴らしい印南(いなみ)の海、その沖波はるかに隠れてしまった。大和の連山は」 書き出し文 「名ぐはしき 印南の海の 沖つ波 千重(ちへ)に隠(かく)るぬ 大和島根は」 印南は現在の兵庫県明石市から加古川市にかけての一帯と言われ…

235.巻三・302:中納言安倍広庭卿(あへのひろにはのまへつきみ)が歌一首

302番歌 訳文 「あの子の家までの道のりちょっと遠いが、夜空を渡る月と競争して月のあるうちに行き着けるだろうか」 書き出し文 「子らが家道(いへぢ) やや間遠(まどほ)きを ぬばまたの 夜渡る月に 競(きほ)ひあへむかも」 中納言安倍広庭卿:安倍御…

234.巻三・300、301:長屋王、馬を奈良山に駐(と)めて作る歌二首

300番歌 訳文 「佐保すぎて奈良山の手向の神に奉る幣は妻に絶えず逢わせたまえと願ってのことだ」 書き出し文 「佐保過ぎて 奈良の手向に 置く幣は 妹を目離(か)れず 相見しめとそ」 高市皇子の子である長屋王が馬を奈良山に駐めて作った歌で、長屋王の佐…

233.巻三・299:大納言大伴卿が歌一首いまだつばひらかにあえあず

299番歌 訳文 「奥山の菅(すげ)の葉が押し伏せて、せっかく降り積もった雪が消えてしまっては惜しかろう。雨よ降ってくれるな」 書き出し文 「奥山の 菅の葉しのぎ 降る雪の 消なば惜しけむ 雨な降りそね」 大納言大伴卿:はっきりしたことは言えないが、…

232.巻三・298:弁基が歌一首

弁基:春日蔵首老が法師名、56番歌参照 298番歌 訳文 「真土山を夕方に越えて行き、廬前(いほさき)の隅田の川原に一人で寝ることよ」 書き出し文 「真土山 夕越え行きて 廬前の 角太川原に ひとりかも寝む」 真土山:巻一・55番歌に。大和国と紀伊国の国境…

231.巻三・296・297:田口益人大夫、上野の国司に任(ま)けらゆる時に、駿河の清美の崎に至りて作る歌二首

田口益人大夫:たのくちのますひとのまへつきみ、和銅元(708)年従五位上で上野(かみつけ)守になる。 駿河の清美の崎:静岡県清水区興津清見寺町にある崎、かって、廬原に属していた。 三保の浦:清水港の辺りの湾入部の海岸で、三保の松原を望む海面であ…

230.巻三・292~295:角麻呂が四首

角麻呂:伝不詳 292番歌 訳文 「その昔、天の探女(さぐめ)が乗って天降った岩船の泊った高津は、その面影もとどめぬほどに浅くなってしまった」 書き出し文 「ひさかたの 天の探女が 岩船の 泊(は)てし高津は あせにけるかも」 難波の高津に来て、神代の…

229.巻三・291:小田事(をだのつかふ)が背の山の歌一首

小田事(をだのつかふ):伝不詳 291番歌 訳文 「杉や檜が枝ぶりよく茂りたわむ背の山を、ゆっくりと賞美することもなく越えて来たので、山の木の葉は私の思いを知ったことであろう」 書き出し文 「真木の葉の しなふ背の山 しのはずて 我が越え行けば 木の…

228.巻三・289・290:間人宿禰大浦(はしひとのすくねおほうら)が初月(みかづき)の歌二首

間人宿禰大浦:伝不詳 初月(みかづき):新月 289番歌 訳文 「大空を振り仰いで見ると、三日月が、白木の真弓を張ったように空にかかっている。この分だと夜道はよいだろう」 書き出し文 「天の原 振り放(さ)け見れば 白真弓(しらまゆみ) 張りて懸けた…

227.巻三・288:穂積朝臣老が歌一首

穂積朝臣老:養老六(722)年、元正天皇を批判した罪で佐渡に流された。天平十二(740)年に刑を許され、同十六年大蔵大輔、天平勝宝元(749)年没。 288番歌 訳文 「私の命さえ無事であったら、ふたたび見ることもあろう。志賀の大津にうち寄せる白波を」 …

226.巻三・287:志賀に幸す時に、石上卿(いそのかみのまへつきみ)が作る歌一首名は欠けたり

志賀:霊亀三(717)年九月、元正天皇の美濃行幸の時か。このときは往復とも近江を経由している。 石上卿:誰を指すのか不詳。卿は三位以上の称。 287番歌 訳文 「ここからだと私の家はどの方角にあたるだろう。白雲のたなびく山を越えて、はるばるとやって…

225.巻三・285、286:丹比真人笠麻呂、紀伊の国に往き、背の山を越ゆる時に作る歌一首と春日蔵首老、即ち和ふる歌一首

背の山:和歌山県伊都郡かつらぎ町、紀の川北岸の山、勢能山 285番歌 訳文 「口に出して呼んでみたい「妹」という名をこの背の山につけて、「妹」の山と呼んでみたらどうだろうか」 書き出し文 「栲領巾(たくひれ)の 懸けまく欲しき 妹の名を この背の山に…

224.巻三・284:春日蔵首老が歌一首

284番歌 訳文 「焼津の辺りに私が行った時に、駿河の国の安倍の市への道で出会ったあの娘よ(今頃どうしているだろう)」 書き出し文 「焼津辺(やきづへ)に 我が行きしかば 駿河なる 安倍(あへ)の市道(いちぢ)に 逢ひし児らはも」 春日蔵首老の歌は先…

223.巻三・283:高市連黒人が歌一首

283番歌 訳文 「住吉の得名津(えなつ)に立って見わたすと、海原のかなたの武庫の港から今しも威勢よく漕ぎ出す船人が見える」 書き下し文 「住江の 得名津に立ちて 見わたせば 武庫の泊りゆ 出づる船人」 山上や海岸に立って遠くを見わたすというのは、国…

222. 巻三・282:春日蔵首老(かすがくらびとおゆ)が歌一首

春日蔵首老(かすがくらびとおゆ):もとは僧、弁基。大宝元(701)年勅により還俗。 282番歌 訳文 「ここはまだ磐余の手前だ。この分では泊瀬(はつせ)山をいつ越えることができようか。はや夜は更けてしまったというのに」 書き下し文 「つのさはふ 磐余…

221.巻三・279~281:高市連黒人が歌二首と黒人が妻の答ふる歌一首

279番歌 訳文 「これでおまえにも猪名野は見せることができた。名次山(なすきやま)や角の松原も早く見せたいものだ」 書き下し文 「我妹子(わぎもこ)に 猪名野は見せつ 名次山 角の松原 いつか示さむ」 自分のよく知っている美しい野や山海岸を妻に見せ…

220.巻三・278:石川少郎(いしかわのせうらう)が歌一首

少郎:少郎子、若い男子の意、末男 278番歌 訳文 「志賀(しか)島の海女は海藻を刈ったり塩を焼いたりして暇がないので、櫛箱の櫛を手に取ってみることさえもしはしない」 書き下し文 「志賀(しか)の海女は 藻(め)刈り塩焼き 暇(いとま)なみ 櫛笥(く…

219. 巻三・270~277:高市連黒人が羈旅(きりょ)の歌八首

270番歌 訳文 「旅にあってそぞろ家恋しく感じていたところ、山の下にいた朱塗りの船が沖を漕いで行くのが見える」 書き出し文 「旅にして もの恋しきに 山下の 赤(あけ)のそほ船 沖を漕ぐ見ゆ」 271番歌 訳文 「桜田の方へ鶴が鳴きながら飛んで行く。年魚…

218.巻三・269:安倍女郎が屋部の坂の歌一首

安倍郎女:伝不詳、505、506番にも歌がある。 屋部:奈良県高市郡、生駒郡、磯城郡などに求める説があるとか。 269番歌 訳文 「人目を憚らなくてすむ時なら、私のこの袖で隠してあげたいのだけれど、この屋部の坂は、これからも赤茶けた色を見せ続けるのでし…

217.巻三・268:長屋王が故郷の歌一首

故郷(ふるさと)は、明日香の里 268番歌 訳文 「あなたが引越して行き古屋だけ残っている明日香の里では、しきりに千鳥の鳴く声がします。きっと妻を待ちわびて悲しく鳴いているのでしょう」 書き出し文 「我が背子が 古屋の里の 明日香には 十鳥鳴くなり …

216.巻三・267:志貴皇子の御歌一首

267番歌 訳文 「このむささびは、梢を求めて木の幹を駆け登ろうとして、山の猟師に捕えられてしまったのだな」 書き出し文 「むささびは 木末(こぬれ)求むと あしひきの 山のさつ男(を)に あひにけるかも」 むささび捕獲のいきさつを聞いて作った歌。 木…

215.巻三・266;柿本朝臣人麻呂が歌一首

村田右富実氏の「湖西を北へ(滋賀)」を引用します(下の本です)。 「近江大津宮滅亡の何年後かわからない。柿本朝臣人麻呂はこの地を訪れた、そして、「万葉集」を代表する名歌が生まれた」 266番歌 訳文 「近江の海(琵琶湖)、夕波に浮かぶ千鳥よ、 お…

214.巻三・265:長忌寸意吉麻呂が歌一首

265番歌 訳文 「辛いことに雨も降ってきた。この三輪の崎の狭野のあたりは家もありはしないのに」 書き出し文 「苦しくも 降り来る雨か 三輪の崎 狭野の渡りに 家もあらなくに」 新宮市で詠まれたとされる歌。 狭野の付近に本当に建物としての家がなかったと…

213.巻三・264:柿本朝臣人麻呂、近江の国より上り来る時に、宇治の河辺に至りて作る歌一首

犬養先生の本を引用します。 「今度も柿本人麻呂の歌です。有名な歌ですよ。 「もののふの 八十氏河(やそうぢかは)の 網代木(あじろぎ)に いさようふ波の 行方(ゆくへ)知らずも」 もののふの八十というのは、氏をいうための序詞、引き出すための言葉で…

212.巻三・263:近江の国より上り来る時に刑部垂麻呂が作る歌一首

263番歌 訳文 「馬をこれ、そんなにひどく鞭打って先を急ぐでないぞ。この志賀の風景を幾日もかけて眺めて行ける旅ではないのだから」 書き出し文 「馬ないたく 打ちてな行きそ 日(け)ならべて 見ても我が行く 志賀にあらなくに」 せめて馬上からなりと美…

211.巻三・261、262:柿本朝臣人麻呂、新田部皇子に献る歌一首あわせて短歌

261番歌 訳文 「あまねく天下を支配せられるわが君、高く天上を照らし給う日の御子、新田部皇子がいらっやる御殿に、空から降ってくる雪のように絶え間なく行き通って出仕しよう。いつまでも」 書き出し文 「やすみしし 我が大君 高照らす 日の御子 敷きいま…

210.巻三・257~260:鴨君足人が香具山の歌一首あわせて短歌

257番歌 訳文 「天から降ってきたという天の香具山では、霞のかかる春になると、松を渡る風に、麓の池に波が立ち、桜の花が木陰いっぱいに咲き乱れ、池の沖の方には鴨がつがいを求めあい、岸辺ではあじ鴨の群れが騒いでいるが、宮仕えの人々が御殿から退出し…