万葉集の日記

楽しく学んだことの忘備録

181.巻二・159:天皇の崩(かむあが)りましし時に、大后の作らす歌一首

天皇:天武天皇、686年9月9日崩御。大后:持統天皇 159番歌 訳文 「わが大君は、夕方になるときっとご覧になっている。明方(あけがた)になるときっとお尋ねになっている。その神岡の山の黄葉場を、今日もお尋ねになることであろうか。明日もご覧になること…

180.巻二・156、157、158:十市皇女の薨(こう)ぜし時に、高市皇子尊の作らす歌三首

明日香の清御原の宮に天の下知らしめす天皇の代・・・(天武天皇の代) 156番歌 訳文 「大三輪の神のしるしの神々しい杉、己具耳矣自得見監乍共 いたずらに眠れぬ夜が続く」 書き出し文 「みもろの 神の神(かむ)杉 己具耳矣自得見監乍共 寐(い)ねぬ夜(…

179.巻二・155:山科の御陵(みはか)より退(まか)り散(あら)くる時に額田王が作る歌一首

115番歌 訳文 「わが大君の、恐れ多い御陵を営みまつる山科の鏡の山に、夜は夜通し、昼は日はねもす、声をあげて哭きつづけているが、このまま、大宮人は散り散りに別れて行かなければならないのであろうか」 書き出し文 「やすみしし 我ご大君の 畏(かしこ…

178.巻二・154:石川夫人(ぶにん)が歌一首

154番歌 訳文 「ささ浪の御山の番人は、一体誰のために標を結(ゆ)いつづけているのか。もう君もおいでにならないのに」 書き出し文 「ささ浪の 大山守は 誰がためか 山に標結(しめゆ)ふ 君もあらなくに」 石川夫人:蘇我石川氏の出身の夫人。名未詳。 さ…

177.巻二・153:大后の御歌一首

153番歌 訳文 「近江の海を、沖辺はるかに漕ぎ来る船よ、岸辺に沿うて漕ぎくる船よ、沖の櫂(かい)やたらに撥(は)ねるな、岸の櫂もやたらに撥ねるな。わが夫(つま)の思いの籠る鳥、夫の御魂の鳥が驚いて飛び立ってしまうから」 書き出し文 「鯨魚(いさ…

176.巻二・151、152:天皇の大殯(おほあらき)の時の歌二首

151番歌 訳文 「こうなるであろうとあらかじめ知っていたなら、大君の御船が泊(は)てた港に標縄(しめなわ)を張りめぐらして、悪霊が入らないようにするのだったのに」 書き出し文 「かからむと かねて知りせば 大御船(おほみふね) 泊(は)てし泊(と…

175.巻二・150:天皇の崩りましし時に、婦人(をみなめ)が作る歌一首

姓氏いまだ詳(つばひ)らかにあらず 150番歌 訳文 「生きている身体は神の力にさからえないので、遠く去ってしまって、朝も私の嘆くあなた、遠く思慕するあなた。もし玉ででもあったら手に纏(ま)いてもち、衣だとしたら脱ぐ時もないように私の恋うるあな…

174.巻二・149:天皇の崩(かむあが)りましし後の時に倭大后(やまとのおおきさき)の作りませる御歌一首

149番歌 訳文 「故人をしのぶことも、人はやがてなくなるかもしれぬ。たとえそうであっても、私には美しい蔓(かずら)のように面影に見えつづけて、忘れられないことだ」(中西氏) 「他人(ひと)はたとえ悲しみを忘れようとも、私には大君の面影がちらつ…

173.巻二・148:一書に日はく、近江天皇の聖躰不予御病急かなりし時に、大后の奉献れる御歌一首

近江天皇(おうみのすめらみこと):宮号をもって呼ぶ表現は比較的後期の資料に多い。 148番歌 訳文 「青々と樹木の茂る木幡山のあたりを魂が行き来なさると、目にははっきり見えるのだけれども、現し身にはお逢いできないことよ」 書き下し文 「青旗(あを…

172.巻二・147:天皇聖躬不予の時に、大后の奉る御歌一首

題詞の前に「近江の大津の宮に天の知らしめす天皇の代・・・天智天皇といふ」の記載があり、たぶん155番歌までが一つの歌群かな。 天智天皇の死をめぐる歌は萬葉初出の純粋な挽歌であるが、作者のすべてが後宮の女性であるとのこと。 147番歌 訳文 「天の原…

171.巻二・146:大宝元年辛丑に、紀伊の国に幸す時に、結び松を見る歌一首

柿本朝臣人麻呂が歌集の中(うち)に出づ 146番歌 訳文 「のちに見ようと皇子が痛ましくも結んでおかれたこの松の梢を、再び見ることがあろうか」 書き出し文 「後見むと 君が結べる 岩代の 小松がうれを またも見むかも」 柿本朝臣人麻呂歌集:萬葉集編纂の…

170.巻二・145:山上臣憶良が追和の歌一首

145番歌 訳文 「皇子の御魂(みたま)は天空を飛び通いながら常にご覧になっておりましょうが、人にはそれがわからない、しかし松はちゃんと知っていることでしょう」 書き出し文 「天翔(あまがけ)り あり通(がよ)ひつつ 見らめども 人こそ知らぬ 松は知…

169.巻二・143、144:長忌寸意吉麻呂、結び松を見て哀咽(かな)しぶる歌二首

143番歌 訳文 「岩代の崖(きし)の松の枝を結んだというそのお方は立ち帰って再びこの松を見られたことだろうか」 書き出し文 「岩代の 崖(きし)の松が枝 結びけむ 人は帰りて また見けむかも」 大宝元年(701)の歌か。歌は、有馬皇子がこの松を再び見な…

168.巻二・141、142:有馬皇子、自ら傷みて松が枝を結ぶ歌二首

万葉集の最初の挽歌です。犬養 孝氏の「わたしの萬葉集 上巻」の「26 椎の葉に盛る」を主に引用します。 下の本の図説も引用しました。 「今度は有馬皇子の悲劇の歌をいたしましょう。時は斉明天皇四(658)年、11月のことです。大変複雑な事件ですから簡単…

167.巻二・140:柿本朝臣人麻呂が妻依羅娘子、人麻呂と相別るる歌一首

巻二の相聞歌の最後です。 引用したのは下の本です。 140番歌 訳文 「そんなに思い悩まないでくれとあなたはおっしゃるけれど、今度お逢いできる日をいつと知って、恋い焦れないでいたらよいのでしょうか」 書き出し文 「な思ひと 君は言へども 逢はむ時 い…

166.巻二・138、139:石見相聞歌(131~139番歌)の二首

或本の歌一首併せて短歌: (或本:131番から133番歌に対する或本の歌、の意) 138番歌 訳文 「石見の海、この海には船を泊める浦がないので、よい浦がないと人は見もしよう、よい潟がないと人は見もしよう、が、たとえよい浦はなくとも、たとえよい潟はなく…

165.:巻二・135~137:石見相聞歌

135番歌 訳文 「石見の海の唐の崎にある暗礁にも深海松(ふかみる)は生い茂っている、荒磯にも玉藻は生い茂っている。 その玉藻のように私に寄り添い寝た妻を、その深海松のように深く深く思うけれど、共寝した夜はいくらもなく這う蔦別れるように別れて来…

164.巻二・131~134:柿本朝臣人麻呂、石見国より妻を別れて上り来る時の歌併せて短歌

宮廷歌人としての柿本人麻呂ですが、私的な世界の相聞歌や挽歌を数多く残しています。 赴任先の岩見に残した妻への思いを歌った「石見相聞歌」は、131番歌~139番歌です。 今日は、その中で134番歌までを紹介します。 すでに、ブログ番号121、125、126、129…

163.巻二・130:長皇子、皇弟に与る御歌一首

引用は下の本です。 130番歌 訳文 「丹生(にふ)の川の川瀬を、私は渡りたくとも渡れずにいて、心は一途にはやり恋しくてなりません。あなた、さあ通(かよ)って来てください」 書き出し文 「丹生の川 瀬は渡らずて ゆくゆくと 恋(こひ)痛し我が背 いて…

162.巻二・129:大津皇子の宮の侍石川郎女、大伴宿禰奈麿に贈る歌一首 女郎、字を山田の女郎といふ。

題詞の続き「宿奈麻呂宿麿は大納言兼大将軍卿の第三子そ」 杉本氏の本を引用し、引用した図からブログを記載したいと思います。 129番歌は、杉本氏も述べているように一番最初の「石川郎女」ですね。 で、杉本氏の記載している四人の石川郎女と関係する人物…

161.巻二・126、127、128:石川郎女、大伴宿禰田主に贈る歌一首、返歌など二首

石川郎女の歌は、歌番の107、108、109、110でも紹介しています。 以下の図とともに。 下の本を引用して記載します。 「皇子二人に思いを寄せられ、人によっては彼女をめぐる恋の争いを大津皇子謀反事件の背景と考えるくらいですから、石川郎女はたいへんな美…

160.巻二・123、124、125:三方沙弥、園臣生羽が娘を娶りて、幾時も経ねば、病に臥して作る歌三首

下の本を引用して記載します。 「三方沙弥という男が園臣生羽という人の娘と結ばれた。沙弥は乙女を熱愛し、乙女も沙弥を恋い慕った。しかし沙弥はまもなく病気にかかり、若妻のもとを訪ねることができなくなった。彼は悲しんで妻に歌を送った。」 123番歌(…

159.巻二・119、120、121、120:弓削皇子、紀皇女を思(しの)ふ御歌四首

弓削皇子:天武天皇第六皇子。母は、天智天皇の娘大江皇女。 紀皇女:天武天皇の皇女。穂積皇子の同母妹。弓削皇子の異母妹。 119番歌 訳文 「吉野川の早瀬の流れのように、二人の仲も、ほんのしばらくのあいだも停滞することなくあってくれないものかなあ」…

158.巻二・117、118:舎人皇子の御歌一首と舎人娘子、和へ奉る歌一首

117番歌 訳文 「りっぱな男子たるものが片恋などしようかと思い、我が身を嘆くのだが、やはりふがいない男子は恋に苦しんでしまうのでしょうね」 書き出し文 「大丈夫(ますらお)や 片恋ひせむと 嘆けども 醜(しこ)の大丈夫なほ 恋ひにけり」 次作と贈答。 …

157.巻二・114、115、116:但馬皇女、高市皇子の宮に在す時に、穂積皇子を思ひて作らす歌一首とほかに二首

114番歌 訳文 「秋の田の穂の向きが揃って一つの方向になびいているように、ひたむきにあの方に寄りたい。噂がひどくても」 書き出し文 「秋の田の 穂向きの寄れる 片寄りに 君に寄りなな 言痛(こちた)くありとも」 115番歌 題詞 「穂積皇子に勅して、近江…

156.巻二・111、112、113:吉野の宮に幸す時に、弓削皇子が額田王に贈与る歌一首と額田王の二首

111番歌 訳文 「古(いにしえ)を恋い慕う鳥なのでありましょうか。弓絃葉(ゆづるは)の御井の上を鳴きながら飛んで行きます」 書き出し文 「いにしへに 恋ふる鳥かも 弓弦葉の 御井の上より 鳴き渡り行く」 弓削皇子:天武天皇の皇子、母は天智天皇の娘の…

155.巻二・107~110:石川郎女をめぐる歌四首

犬養孝氏の萬葉百首上巻から引用して記載します。 なお、訳文は引用文にありますので、今回省略し、書き出し文と歌番号、犬養氏の番号、詠んだ方、そして、引用文などを記載します。 107番歌(22 山の雫)大津皇子 「あしひきの 山の雫に 妹待つと 吾(われ…

154.巻二・105、106:大津皇子、窃(ひそか)に伊勢神宮に下りて上り来る時に、大伯皇女の作らす歌二首

105番歌 訳文 「大和へもどっていくあなたを見送って、いつまでもいつまでも物思いにふけりながら佇んでいるうちに、夜はふけて、いつのまにか暁ちかくになり、草露にびっしょり私は濡れてしまった」 書き出し文 「わが背子を 大和へ遣(や)ると さ夜深(ふ…

153.巻二・103、104:天皇、藤原夫人に賜ふ御歌一首と藤原夫人の和へ奉る歌一首

天皇は天武天皇です。 下の本の「飛鳥の大雪」を引用します。 「・・・飛鳥に雪が降った。・・・」 103番歌 訳文 「我が里に大雪が降り積もった。(お前のいる)大原の古ぼけた里に降るのはまだ先のことだろうよ」 書き出し文 「我が里に 大雪降れり 大原の …

152.巻二・101、102:大伴宿禰、巨勢郎女を娉(つまど)ふ時の歌と巨勢郎女、報へ贈る歌

大伴宿禰:大伴安麻呂(壬申の乱の天武方の功臣)、旅人や坂上郎女(石川郎女との間の子:151.参照)の父。家持の祖父。和同七(714)年没。 巨勢郎女:近江朝の大納言巨勢臣人(壬申の乱に天智方で戦い、乱後、流された)の娘。安麻呂との間に宿奈麻呂、田…

151. 巻二・96~100:久米禅師、石川郎女を娉(よば)ふ時の歌五首

杉本氏の本を引用しました。 天智天皇の近江朝時代(667~671)につくられた歌です。石川郎女は、恋多き謎の女で、生没年も出自もわからないので、石川郎女の「謎」を解く鍵は、もちろん歌や題詞、左注にしかありません。つまり、彼女がどんな時に、どんな人…

150.巻二・95:内大臣藤原卿、采女安見児を娶る時に作る歌一首

藤原鎌足は、万葉集にこの歌と94番歌の二首を収めています。 杉本氏の本を引用します。 第2章の鏡王女の第5項中臣家の家刀自です。 「鏡王女は、中臣(藤原)家の家事を切り盛りする家刀自(いえとじ)としての生涯をまっとうしました。鎌足は彼女を大事に…

149.巻二・93、94:内大臣藤原卿、鏡王女を娉(よば)ふ時、鏡王女の内大臣に贈る歌一首と内大臣藤原卿、鏡王女に報へ贈る歌一首

杉本氏の下の本を引用しました。 第2章の鏡王女、その第4項の「わが名し惜しもーーー藤原鎌足との結婚」です。 「鏡王女にかかわりを持つもうひとりの大物は、中臣鎌子(614~669)・・・。いうまでもなく、中大兄皇子とともに曽我宗家を滅ぼし、二人三脚で…

148.巻二・91、92:天皇、鏡王女に賜ふ御歌一首と鏡王女、和へ奉る御歌一首

ブログの記載にあたり、犬養 孝氏の「わたしの萬葉百首 上巻」の「18樹の下がくり」を一読し、杉本苑子氏の「万葉の女性歌人たち」の第2章「鏡王女」を引用しました。われこそ益(ま)さめ 第2章の「中大兄皇子との恋」の第2項を引用します。 なお、第1…

147.巻二・89:或本の歌に日(い)はく

89番歌 訳文 「ここでじっと夜を明かしてあの方をお待ちしよう。この黒髪にたとえ霜は降(お)りようとも」 書き出し文 「居(ゐ)明かして 君を待たむ ぬばたまの 我が黒髪に 霜は降るとも」 右の一首は、古歌集の中に出づ。 新潮日本古典集成 万葉集一を参…

146.巻二・86、87、88:磐姫皇后、天皇を思ひ作らす歌四首の第二から第四首

犬養氏の「わたしの萬葉百首 上巻」を引用して記載します。 この連作の第二番目(86番歌)は、 訳文 「こんなに恋続けてなんかいないで、いっそのこと出かけていって、途中で死んだってかまいはしない」 書き出し文 「かくばかり 恋ひつつあらずは 高山の 磐…

145・巻二・85・90:磐姫皇后、天皇を思ひ作らす歌四首:今回その第一首と90番歌です。

巻二:相聞 難波の高津の宮に天の下知らしめす天皇の代 大鷦鷯(おほさざきの)天皇、諡(おくりな)して仁徳天皇といふ (鷯と鷦、この字の返還に苦労しました) 85番歌 訳文 「あの方のお出ましは随分日数がたったのにまだお帰りにならない。山を踏みわけ…

144.巻一・84:寧楽の宮 長皇子、志貴皇子と佐紀の宮にしてともに宴する歌

「寧楽の宮に天の下知らしめす天皇(すめらみこと)の代」と書かないのは、編者と同時代だからであると。(編者は万葉集の編者かな) 84番歌 訳文 「秋になったら、今ご覧のように、妻を恋うて雄鹿がしきりに鳴く山です。あの高野原の上は」 書き出し文 「秋…

143.巻一・81、82、83:和銅五年壬子の夏の四月に、長田王を伊勢の斎宮に遣わす時に、

山辺(やまのへ)の御井(みゐ)にして作る歌(三首) (御井は伊勢国か、所在未詳) 81番歌 訳文 「山辺の御井を見に来て、はからずも、内心見たいと思っていた伊勢おとめにも逢うことができた」 書き出し文 「山辺の 御井を見がてり 神風(かむかぜ)の 伊…

142.巻一・79、80:或本、藤原の京より寧楽に遷る時の歌

79番歌 訳文 「我が大君のお言葉を恐れ謹んで、なれ親しんだわが家をあとにし、泊瀬の川に舟を浮かべて私が行く川、その川の曲り角、次から次へと曲り角に行きあたるたびに、何度も振り返ってわが家の方を見ながら、進んで行くうちに日も暮れて、奈良の都の…

141.巻一・78:和同三年庚戌の春の二月に、藤原の宮より寧楽(なら)の宮に遷る時に、

御輿を長屋の原に停(とど)め、古郷(ふるさと)を廻望(かへりみ)て作る歌 (天理市南部。藤原・平城両京の東京極結ぶ道:中つ道の中間点付近。ここで旧都への手向儀礼が行われた) 一書には「太上天皇(おほすめらみこと)の御製」といふ (太上天皇は持…

140.巻一・76、77:和同元年戊申 天皇の御製と御名部皇女の和へ奉る御歌

76番歌 訳文 「勇士たちの鞆(とも)音が聞こえてくる。物部の大臣が楯を立てているらしいよ」 書き出し文 「ますらをの 鞆の音すなり 物部の 大臣(おほまへつきみ) 楯立つらしも」 天皇は元明天皇。即位の時に、石上、榎井二氏が楯を立てる慣習があった。…

139.巻一・70~75:持統天皇、文武天皇の年月未詳の行幸時の歌

70番歌:太上天皇、吉野の宮に幸す時に、高市連黒人が作る歌 訳文 「大和には、今はもう来て鳴いているころであろうか。ここ吉野では、呼子鳥(よぶことり)が象(きさ)中山を、呼びかけるように鳴いて越えている」 書き出し文 「大和には 鳴きてか来(く)…

138. 巻一・66~69:太上天皇、難波の宮に幸す時の歌

持統天皇の難波行幸の記録はない、とのこと。 文武三(699)年正月、文武天皇に同行した際に詠まれたのではないか、と。 持統、文武の年月未詳の行幸時の作品を一括して、66番歌から75番歌まで載せたものと。 また、66番歌から69番歌まで、一まとまりの宴歌…

137.巻一・64、65:慶雲三年丙午、難波宮に幸せる時に、志貴皇子の作らす歌

64、65番歌は、この行幸時の歌。慶雲(きやううん)三年(706)丙午(へいご)、行幸は9月25日から10月12日のこと。 64番歌 訳文 「葦辺(あしへ)を行く鴨の翼に霜が降って、寒さが身に染みる夕暮れは、大和に残してきた妻がしのばれる」 「・・・水辺に大…

136.巻一・63:山上臣憶良、大唐(もろこし)に在る時に、本郷(くに)を憶(おも)ひて作る歌

前の62番歌の続きです。 訳文 「さ、皆さん、早く日本(やまと)へ (大伴の) 御津(みつ)の浜松が 我々の帰りを待ち恋うているでしょうから」 書き出し文 「いざ子ども 早く日本へ 大伴の 御津の浜松 待ち恋ひぬらむ」 下の本から引用します。 「摂津国の…

135.巻一・62:三野連(みののむらじ){名欠けたり}の入唐のする時に、春日蔵首老の作る歌

62番歌のあとの63番歌は、「山上臣憶良、大唐に在る時に、本郷(くに)を憶(おも)ひて作る歌」と題する歌です。遣唐使の出立の際の無事を祈った歌と、帰還の際の歌とを配しています。63番歌は次回記載したいと思います。 62番歌 訳文 「(ありねよし)対馬…

134.巻一・57~61:二年壬寅に、太上天皇、三河の国に幸す時の歌

行幸は、十月十日から十一月二十五日、この五首は行幸時の歌 57番歌 訳文 「引馬野に美しく色づく榛(はんのき)の原、そこに入り乱れて衣を染めなさい。旅の記念に」 書き出し文 「引馬野(ひくまの)に にほう榛原(はりはら) 入り乱れ 衣にほはせ 旅のし…

133.巻一・54、55、56:大宝元年課の辛丑の秋の九月に、太上天皇、紀伊の国に幸す時の歌

54番歌 訳文 「巨勢山のつらつら椿の木をつらつら見ながら偲ぼうよ。椿の花咲く巨勢の春野のありさまを」 書き出し文 「巨勢山(こせやま)の つらつら椿 つらつらに 見つつ偲はな 巨勢の春の」 右(↑)の一首は坂門人足。 55番歌 訳文 「紀伊の国の人は羨…

132.巻一・52、53:藤原の宮の御井の歌

52番歌 訳文 「あまねく天下を支配せられるわが大君、高く天上を照らし給う日の神の御子なる天皇、その天皇が藤井が原に宮殿を創建され、埴安の池の堤にしかと出て立ってご覧になると、この大和の青々とした香具山は、東面の御門に、いかのも春山らしく、茂…