万葉集の日記

楽しく学んだことの忘備録

135.巻一・62:三野連(みののむらじ){名欠けたり}の入唐のする時に、春日蔵首老の作る歌

62番歌のあとの63番歌は、「山上臣憶良、大唐に在る時に、本郷(くに)を憶(おも)ひて作る歌」と題する歌です。遣唐使の出立の際の無事を祈った歌と、帰還の際の歌とを配しています。63番歌は次回記載したいと思います。 62番歌 訳文 「(ありねよし)対馬…

134.巻一・57~61:二年壬寅に、太上天皇、三河の国に幸す時の歌

行幸は、十月十日から十一月二十五日、この五首は行幸時の歌 57番歌 訳文 「引馬野に美しく色づく榛(はんのき)の原、そこに入り乱れて衣を染めなさい。旅の記念に」 書き出し文 「引馬野(ひくまの)に にほう榛原(はりはら) 入り乱れ 衣にほはせ 旅のし…

133.巻一・54、55、56:大宝元年課の辛丑の秋の九月に、太上天皇、紀伊の国に幸す時の歌

54番歌 訳文 「巨勢山のつらつら椿の木をつらつら見ながら偲ぼうよ。椿の花咲く巨勢の春野のありさまを」 書き出し文 「巨勢山(こせやま)の つらつら椿 つらつらに 見つつ偲はな 巨勢の春の」 右(↑)の一首は坂門人足。 55番歌 訳文 「紀伊の国の人は羨…

132.巻一・52、53:藤原の宮の御井の歌

52番歌 訳文 「あまねく天下を支配せられるわが大君、高く天上を照らし給う日の神の御子なる天皇、その天皇が藤井が原に宮殿を創建され、埴安の池の堤にしかと出て立ってご覧になると、この大和の青々とした香具山は、東面の御門に、いかのも春山らしく、茂…

131.巻一・51:明日香の宮より藤原宮に遷居(うつ)りし後に、志貴皇子の作らす歌

志貴皇子は、吉野盟約の六皇子の一人です。吉野盟約については、119.:巻一・27に記載しました。一読を。天智天皇の第七皇子で、壬申の乱以後は現実から逃避し隠者風に身を処したようです。奈良の白毫寺は皇子の別荘でした。2008年2月と2010年3月にお寺を訪…

130.巻一・50:藤原の宮の役民の作る歌

50番歌 訳文 「あまねく天下を支配せられるわが大君、高く天上を照らし給う日の神の御子なる天皇は、藤原の地で国をお治めるになろうと、宮殿をば高々とお造りになろうとお考えなる、そのご神慮のままに、天地の神も天皇に心服しているからこそ、早速近江の…

129.巻一・45~49:軽皇子、阿騎野の野に宿らせる時に、柿本朝臣人麻呂が作る歌

45番歌 訳文 「(やすみしし) 我が大君、(高照らす)日の神の御子軽皇子は、神であるままに、神らしくふるまわれるとて、揺るぎなく営まれている都をあとに置いて、(こもりくの)泊瀬の山は、真木が茂り立つ荒い山道なのだが、岩や行く手をさえぎる木を押…

128.巻一・44:石上大臣(いそのかみのおほまへつきみ)、従駕(おほみとも)にして作る歌

44番歌 訳文「(我妹子を いざ)いざみの山が高いからか、大和が見えない。国を遠く離れてきたせいなのか」 書き出し文 「我妹子を いざみの山を 高みかも 大和の見えぬ 国遠みかも」 記載に当たり引用した本です。頁170、持統六年の伊勢行幸(三重) 壬申の…

127.巻一・43:当麻真人麻呂(たぎまのまひとまろ)が妻(め)の作る歌

43番歌 訳文 「あのお方はどこを行っているのでしょう。(沖っ藻の)名張の山を今日越えているのでしょうか」 書き出し文 「吾背子(わがせこ)は いづく行(ゆ)くらむ 奥(おき)つ藻の 名張(なばり)の山を 今日(けふ)か越(こ)ゆらむ」 この歌を読む…

126.巻一・40、41、42:伊勢国に幸す時に、京に留まれる柿本朝臣人麻呂が作る歌

持統六年の初の伊勢行幸が行われた。農繁期なので三輪高市麻呂(壬申の乱の時の功臣)二度にわたる諫言を退け決行。都からの柿本人麻呂の三首は秀逸であるという。 訳文(前の歌意です、訳文を先にします) 伊勢国行幸の時に、都に留まった柿本人麻呂が作っ…

125.巻一・36、37、38、39:吉野宮に幸せる時に、柿本朝臣人麻呂が作る歌

36番歌(長歌) 「やすみしし 吾(わ)が大君の 聞こし食(を)す 天の下に 国はしも さはにあれども 山川の 清き河内(かふち)と 御心を 吉野の国の 花散(はなぢ)らふ 秋津の野辺に 宮柱(みやばしら) 太敷きませば ももしきの 大宮人は 船並(な)めて…

124.巻一・35:背の山を越ゆる時に、阿閉皇女(あへのひめみこ)の作らす歌

38番歌 「これやこの 大和にしては 我が恋ふる 紀伊道(きぢ)にありといふ 名に負ふ背の山」 <歌意> (これがまあ 大和で常々私が見たいと思っていた、紀州道にあるという有名な背の山なのか) (紀州路にあるとしてかねて大和で心ひかれていた背の山。こ…

123.巻一・34:紀伊の国に幸(いでま)す時、川島皇子の作らす歌

或いは「山上憶良作る」といふ 34番歌 「白波の 浜松が枝 手向けくさ 幾代(いくよ)までにか 年の経(へ)ぬらむ」一には「年は経にけむ」といふ 左注 「日本紀には「朱鳥(あかみとり)の四年庚虎の秋の九月に、天皇紀伊の国に幸す」といふ」 <歌意> (…

122.巻一・32、33:高市古人、近江の旧き都を感傷して作る歌 或書に云はく、高市連黒人なりといふ

32番歌 「古(いにしえ)の 人にわれあれや 楽浪(さきなみ)の 古き京(みやこ)を 見れば悲しき」 33番歌 「楽浪の 国つ御神(みかみ)の うらさびて 荒れたる都 見れば悲しも」 <歌意> 32番歌 (遠い昔の人でわたしはあるというのか、そうではないのに…

121.巻一・29、30、31:近江の荒れたる都に過る時に、柿本朝臣人麻呂が作る歌

29番歌 「玉だすき 畝傍の山の 橿原の 日知(ひじろ)の御代(みよ)ゆ(或る云ふ、「宮ゆ」) 生(あ)れましし 神のことごと つがの木の いや継ぎ継ぎに 天の下 知らしめししを(或は云ふ、「めしける」) 天にみつ 大和を置きて あをによし 奈良山を越え…

120.巻一・28:天皇の御製歌

28番歌「春過ぎて 夏来(きた)るらし 白栲(しろたへ)の 衣干したり 天(あめ)の香具山(かぐやま)」 万葉仮名 「春過而 夏来良之 白妙能 衣乾有 天之香来山」 <歌意> (春が過ぎて夏がやってきたらしい。あの天の香具山にまっ白な衣が干してあるのを…

119.巻一・27:天皇、吉野の宮に幸(いでま)す時の御製歌

天武天皇が、吉野の宮滝付近にあった離宮 27番歌 「淑(よ)き人の 良しとよく見て 良しと言ひし 吉野よく見よ 良き人よく見」 <歌意> (昔の淑き人が、よいと所だと、よく見て、よいと言ったこの吉野を、よく見よ。今の良き人よ、よく見よ) 参考にした本…

118.巻一・25、26:天武天皇の御歌(25)と或本の歌(26)

巻一には、壬申の乱にかかわる天武天皇の吉野行きの歌が残っています。それが25番歌と26番歌です。 25番歌 「み吉野の 耳我(みみが)の峯に 時なくぞ 雪は降りける 間なくぞ 雨は降りける その雪の 時なきがごと その雨の 間のなきがごと 隈(くま)もおち…

117.巻一・23、24:麻続王、伊勢の国の伊良虞の島に流さゆる時に、人の哀傷(かな)しびて作る歌と麻続王、これを聞きて感傷(かな)しびて和ふる歌

23番歌 「打ち麻を 麻続(をみ)の王(おおきみ) 海人(あま)なれや 伊良虞(いらご)の島の 玉藻(たまも)かります」 <歌意> (麻続の王は海人なのか、いや海人でもないのに伊良虞の島の藻を刈っていらっしゃる。おいたわしいことだ) 24番歌 「うつせ…

116.巻一・22:十市皇女、伊勢神宮の参赴(さゐで)ます時に、波多の横山の厳(いはほ)見て、吹芡刀自(ふふきのとじ)が作る歌

22番歌「河の上の ゆつ磐群(いわむら)に 草生(くさむ)さず 常にもがもな 常処女(とこをとめ)にて」 <歌意> (川の中の神聖な岩々は、草も生えず常にみずみずしいが、そのように、いついつまでも常処女でいたいものだ) 歌の解説は、犬養氏の本から引…

115.巻一・20、21:天皇、蒲生野に遊猟する時に、額田王の作る歌と皇太子の答ふる御歌

20番歌:天皇、蒲生野(かまふの)に遊猟(みかり)する時に、額田王の作る歌 「あかねさす 紫野行き 標野行き 野守は見ずや 君が袖振る」 <歌意> ((あかねさす)紫野を行ったり、標野を行ったりして、野守は見ているではありませんか。あなたが私に向か…

114.巻一・19:井戸王の歌、額田王の近江遷都の歌(17番と18番歌)に即ち和(こた)ふる歌

19番歌 「綜麻形(へそかた)の 林の前(さき)の さ野榛(はり)の 衣(きぬ)に付くなす 目に付く我が背」 右(上)の一首の歌は、今案(かんが)ふるに、和ふる歌に似ず。ただし、旧本にこの次に載せたり。故以に猶し載せたり。 <歌意> (綜麻形の林、…

113.巻一・17、18:額田王、近江国に下る時に作る歌、井戸王(ゐのへのおほきみ)の即ち和(こた)ふる歌(19番歌)

17番歌 「味酒(うまさけ) 三輪の山 あをによし 奈良の山の 山の際(ま)に い隠るまで 道の隅(くま)い積るまでに つばらにも 見つつ行かむを しばしばも 見放(さ)けむ山を 情(こころ)なく雲の 隠(かく)さふべしや」 18番歌(反歌) 「三輪山を し…

112.巻一・16:額田王の「春秋優劣判別歌」

天皇の詩宴における春山秋山の興趣の争いに判定をくだすものとして提示されたうた。このブログの65.で2013年8月31日に記載していますので、訪ねてきてください。 souenn32.hatenablog.jp 内大臣藤原朝臣は、藤原鎌足のことです。また、101.に万葉集と壬申…

111.巻一・13、14、15:中大兄(近江宮に天の下治めたまひし天皇)の三山(みつやま)の歌

13:「香具山は 畝傍雄雄(うねびをを)しと 耳成と 相争ひき 神代より かくにあるらし 古(いにしへ)も 然(しか)にあれこそ うつせみも 妻を 争ふらしき」(香具山は畝傍山を雄々しいと思って、耳成山と争った。神々の時代から、こんなものであるらしい…

110.巻一・10、11、12:中皇命、紀伊の温泉に往(いでま)す時の御歌

中皇命は、間人皇后(中大兄皇子の妃) 10番歌:「君がよも 我がよも知るや 岩代(いわしろ)の 岡の草根を いざ結びてな」 <歌意>(あなたの命も私の命も支配していることよ。この岩代(磐代)の岡の草を さあ結びましょう) 草の根を結ぶ:ネは接尾語、…

109.巻一・9:紀伊(き)の温泉(ゆ)に幸(いでま)す時に、額田王が作る歌

「莫囂円隣之大相七兄爪謁気 我が背子が い立たせりけむ 厳橿(いつかん)が本(もと)」 <歌意> (莫囂円隣之大相七兄爪謁気 わが君がお立ちになったであろう、その聖なる橿の木の根元よ)鎌倉時代の仙覚以来、さまざまの読み方が試みられているが、まだ…

108.巻一・8:額田王:潮もかなひぬ

額田王が歌 「熟田津(にきたつ)に 船乗りせむと 月待てば 潮もかなひぬ 今は漕ぎ出(い)でな」 <歌意> (熟田津で、船出をしようと月の出るのを待っていると、月も出、潮の具合もよくなった。さあ、今こそは漕ぎだそう) 苦手であった高校の古文で取り…

107.巻第一・7:額田王:万葉集最初の歌

明日香の川原の宮の下知らしめす天皇の代 天豊財重日足姫天皇(三十五代皇極天皇) 額田王が歌 いまだ詳(つばひ)らかにあらず 「秋の野の み草刈り葺(ふ)き 宿れりし 宇治の宮処(みやこ)も 仮廬(かりいほ)し思ほゆ」 左注に続きますが、省略します。…

106.巻第一・5,6:軍王(こにしきのおほきみ)・反歌

讃岐の国の阿益(あや)の郡(こほり)に幸(いでま)す時に、軍王が山を見て作る歌 <雑歌> 「霞立つ 長き春日の 暮れにける わづきも知らず むらきもの 心を痛み ぬえこ鳥 うら泣き居(を)れば 玉たすき 懸(か)けのよろしく 遠つ神 我が大君の 行幸(…

105.巻第一・3,4:中皇命(なかつすめらみこと)・反歌

<雑歌> 天皇、宇智の野に遊猟(みかり)したまふ時に、中皇命の間人連老(はしひとのむらじおゆ)をして献(たてまつ)らしめたまふ歌 「やすみしし 我が大君の 朝(あした)には 取り撫でたまひ 夕べには い寄り立たしし みとらしの 梓の弓の 中弭(なか…

104.巻第一・2:天皇の御製歌・舒明天皇

<雑歌> 高市の岡本の宮に天の下知らしめす天皇の代 「大和には 群山(むらやま)あれど とりよろふ 天の香具山 登り立ち 国見をすれば 国原は 煙(けぶり)立つ 海原(うなはら)は 鷗(かもめ)立ち立つ うまし国ぞ 蜻蛉島(あきづしま) 大和の国は」 <…

103.巻第一・1:天皇の御製歌(おほみうた)・雄略天皇

万葉集に興味を持ち、好きな歌を訪ねてきましたが、そういえば四、五一六首の和歌を通して読んでいないなと思うようになりました。毎日、一首読んだとしてもほぼ12.4年かかることになります。でも、最初から読んでみたいなと思うのです。それで読んでいきた…

102.北海道に咲く万葉集の花「卯の花・空木」を訪ねて

一昨日(2016年6月15日)に札幌市にある百合が原公園を訪ねました。 公園の花ごよみから、もうウツギ類(6月中旬から下旬に)が、そして、世界の庭園でヒマラヤの青いケシも咲いているだろうと訪ねました。 今年は、小樽でも花の咲くのが早く、もう少し早く…

101.万葉集と壬申の乱(1)

万葉集の日記の記載は久しぶりです。 万葉集に関する忘備事項として、表記を記載します。 (ただ(2)の記載の予定は、いまのところ無いのですが、とりあえず(1)としました) 長部日出雄氏の「「古事記」の真実」(文春文庫)を読んでいて、下記の文章に…

100.自然を詠んだ歌(9)太陽:朝陽・暁

万葉集の日記の記載が、百となりました。認知症の予防になれば幸いです。だいぶ前に購入していて、先日読み終えたのが下の本です。悪い習慣をやめると脳力アップするだろうか。やめてみないとわからないですよね。 (悪い習慣があるんだ) 今朝、雪かきをす…

99.万葉集に詠まれている花(30)つつじ:躑躅

先日、札幌で「日本語の大和言葉を美しく話す」や「暮らしの中にある日本の伝統色」を購入し、いみじくも、百合が原公園温室で開催のアザレア展を鑑賞して、ツツジにこのうえなく惹かれて詠まれている歌を記載しようとしました。 でも、ツツジについて、この…

98.万葉植物と呪性

昨(2014)年12月に日本全国万葉の旅大和編を購入し、牧野貞之氏のすばらしい写真とともに楽しく万葉集を学んでいました。 で、そのなかの万葉コラム「万葉植物と呪性」(164頁)に、呪的植物の記載がありました。 1)「呪(のろ)う」:相手に災いがあるよ…

97.万葉集に詠まれている花(29)たちばな:橘

もう十日ほど前の1月16日に、札幌市の百合が原公園緑のセンターで開催されている「みかんなどの柑橘展」を鑑賞しました。 椿、侘助、沖縄山茶花なども温室にきれいに咲いていました。 冬季に温室とはいえ花を見ますと心和みます。 北海道では、平均気温や最…

96.万葉集に詠まれている花(28)たで:蓼

万葉集にはタデを詠んだ歌が三首あります。 巻11・2759、巻13・3230、巻16・3842の三首です。 タデはタデ科イヌタデ属の一部の総称として現在使われています。 蓼の仲間は非常に多く、オオイヌタデ、イヌタデ、ヤナギタデ、ボントクタデ、サクラタデなど、全…

95.桜皮(かには)の黄葉:2014年10月17日撮影

曇天の早朝に裏山のウワミズザクラ(バラ科)の黄葉を撮りました(2014年10月17日)。 裏山では、比較的落葉が早い方です。 そういえば、花の時期も短く、いつの間にか咲いているそんな感じの木ですね。 清楚な花を咲かせるのですが、黄葉も質素な大人しい淡…

94.自然を詠んだ歌(8)月

月について、自然を詠んだ歌(5)月で一度記載しています。 (5)で記載しているのは詠まれているのは、歌の数、月の別称、月の表現、そして、好きな巻七の1068の歌を紹介しています。 よろしかったら一読いただけると嬉しいです。 (8)では、2014年10月8…

93.万葉集に詠まれている花(27)再びにこぐさ:似古草・和草・似児草・尓古草など:甘野老

今朝の雨の後、晴れとなりました。 裏山の大甘野老(おおあまどころ)の実が、黒紫色に熟し、 中には葉が黄色になりかけているもののありました。 早速、実などを撮りました。 大甘野老:小樽の裏山で2014年9月7日撮影 雫は、雨のためで、朝の寒さのためでは…

92.万葉集に詠まれている花(26)なし:梨・成

ナシ、バラ科ナシ属、子供のころより親しみのある果物ですね。 よく賞味し名の覚えている梨:二十世紀梨と孝水 鳥取県が有名でしょうか。 倉吉市の「鳥取二十世紀梨記念館」で、世界の梨を知ることができるといいます。 縁があって、見学できるといいのです…

91.万葉集に詠まれている花(25)つきくさ

つきくさの現代名は、つゆくさ。 ツユクサを変換すると露草、ツユクサ、つゆくさ、つゆ草と。 露草を万葉集の日記に記載していると思い込んでいたようです。 もう一つのブログ「風景の日記」には、2005年8月6日(余市町居住)、2006年8月22日(余市町)、200…

90.万葉集に詠まれている花(24)なでしこ

札幌へ出かける前の7月11日には、なでしこは咲いていなかったな。 小樽へ帰ってきて、咲いているのに気が付いたのは数日前です。 たぶん、7月14日以降と思うのです。昨年、植えた撫子ですが、今年いつ咲くかなと気にかけていたのです。 狭い庭なのに、いつ咲…

89.万葉集に詠まれている蝶:新蝶

今朝(2014年7月2日)、小樽の裏山の北米原産のヒメジョオンを撮った後に、 庭の独活、北あかり(ジャガイモ)、豌豆などの花を撮っていました。その時、スジグロシロチョウモンシロチョウが豌豆に、貴重種ウラナミアカシジミ名のわからない蝶が北あかりに羽…

88.万葉集に詠まれている花(23)宇波疑・莵芽子(うはぎ)・ヨメナ(嫁菜)

昨年、裏山と庭の境近くで都忘れという野菊を見つけました。笹を駆除していて見つけたものです。もう少しで一緒に刈り取ってしまうところでした。小樽に移り住んで7,8年になるのに気が付かなかったのです。庭に入り込んできた笹を駆除した時に、可憐な野菊…

87.万葉集に詠まれている花(22)次嶺(つぎね)・ヒトリシズカ・フタリシズカ(一人静・二人静)

「つぎね」は、万葉植物の中でも難解なもののひとつであるようです。植物名ではないとする説が有力なのだそうですが、ヒトリシズカやフタリシズカとする説も捨てがたいようです。 で、手持ちの数少ない蔵書を調べるとヒトリシズカ・フタリシズカとして、紹介…

86.万葉集に詠まれている花(21)譲り葉・ユズリハ(由豆流波・弓絃葉・ゆづるは)

集中ゆづるは(ユズリハ)の歌は二首。巻2・111と巻14・3572です。数少ない蔵書で、四冊の二冊がトウダイグサ科、もう二冊がユズリハ科となっています。で、参考にした佐藤孝夫著の新版北海道樹木図鑑ではトウダイグサ科となっていたので、こちらの科を採り…