万葉集の日記

楽しく学んだことの忘備録

130.巻一・50:藤原の宮の役民の作る歌

50番歌

訳文

「あまねく天下を支配せられるわが大君、高く天上を照らし給う日の神の御子なる天皇は、藤原の地で国をお治めるになろうと、宮殿をば高々とお造りになろうとお考えなる、そのご神慮のままに、天地の神も天皇に心服しているからこそ、早速近江の国の田上山(たなかみやま)の檜の丸太を宇治川に玉藻のように自在に浮かべ流している、その丸太を取ろうと忙しく立ち働く天皇の御民(みたみ)も、家郷のことを忘れ、身の労苦をもまったく顧みず、鴨のように身軽に水に浮きながらーわれらが造る宮廷に、支配下にない異国を「寄しこせ」というその巨勢の方から、わが国は常世の国になるであろうという瑞兆を甲に描いた神秘な亀も、新しい代を祝福して「出づ」というその泉の川に持ち運んだ檜の丸太を、筏に作って川を泝(のぼ)らせているのであろう。天地の神も御民も先を争って精出しているのを見ると、これは天皇のご神慮のままであるらしい」

書き出し文

「やすみみし 我が大君 高照らす 日の御子 荒栲(あらたへ)の 藤原が上に 食(を)す国を 見(め)したまはむと みあらかは 高知らさむと 神(かむ)ながら 思ほすなへに 天地(あめつち)も 寄りてあれこそ 石走(いしばし)る 近江の国の 衣手(ころもで)の 田上山(たなかみやま)の 真木(まき)さく 檜(ひ)のつまでを もののふの 八十(やそ)宇治川に 玉藻なす 浮かべ流せれ そを取ると 騒く御民(みたみ)も 家忘れ 身もたな知らず 鴨じもの 水に浮き居(ゐ)て 我が作る 日の御門(みかど)に 知らぬ国 寄し巨瀬道(こぜぢ)より 我が国は 常世にならむ 図負(あやお)へる くすしき亀も 新代(あらたよ)と 泉の川に 持ち越せる 真木(まき)のつまでを 百足(ももた)らず 筏に作り 泝(のぼ)すらむ いそはく見れば 神からにあらし」

左注省略

藤原の宮:持統・文武両帝の皇居。香具山の西方、橿原市高殿付近。

役民:労役に徴発された民。ただしこの歌は役民に名を借りた知識人の作であろう。あるいは人麻呂の作ともいう。持統天皇の作とも。

荒栲(あらたへ)の:「藤原」の枕詞、荒栲は荒い繊維で、藤蔓の皮などから取ったので「藤」にかかる。

なへに:とともに

石走る:「近江」の枕詞

衣手の:「田上」の枕詞、衣手は袖。手の意で田上のタを起こす。

田上山:大津市南部、大戸川(瀬田川支流)の上流にある。

真木さく:「檜」の枕詞、真木は杉檜の類

もののふ:「八十」の枕詞、文武百官。多くの氏族に分かれている意。また、「八十」まで序。「宇治」を起こす。

玉藻なす:重い木材を玉藻にたとえたもの。神業にふさわしい内容である。下の「鴨じも」もおなじ。

たな:一様に

我が作る:以下「寄し」まで序。

「寄しこせ」:寄せ給えの意で、「巨勢」を起こす。「御代と」まで序。「出づ」の意で「泉」を起こす。

巨勢:こせ、奈良県御所市東端

常世:不老不死の理想郷

泉の川:木津川。宇治川、木津川とも、巨椋(おおくら)の池に流れ込んでいた。

百足らず:枕詞。五十(い)の意で筏のイを起こす。

いそはく:競争するの意の動詞「いそふ」のク語法

下の本を主に引用しました。

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では、今日はこの辺で。